掌編

□one
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『疲れたから、休む』とセブルスが言った。

少なくとも今まで彼から“疲れた”などという類の言葉を聞いたのは初めてだったので、私は当惑した。

なにせ“あんなこと”のあった後だったし、まさか悪い病気にでもかかったんではないかと随分やきもきさせられたというのに、彼は聖マンゴにもマグルの国立病院ににいかず家にいる。

ついでに言うとホグワーツにすら行ってない。セブルスは教員をやめたらしかった。




あの恐ろしい戦いから、半年後。すったもんだの末に電撃同棲を始めた私たちは、互いの荷物の量と料理の腕に文句を言ったりしつつも、平穏に暮らしていた。

相変わらず私は“魔法考古学”なんて流行らない研究に没頭しているし、休むと言った苦労性のセブルスも最近薬学の本を執筆することになったらしく、なにやら忙しそうだ。

だからマクゴナガル校長が私にだけ『いつでもあなたのポストを空けておきますよ』とおっしゃってくれてたことは、曰く“ホグワーツの教授には何の未練もない”彼には今のところ秘密にしている。

いつか言いにくそうに切り出してくるだろう時に、それとなく教えてあげられたらいいと思う。



うーんと伸びをして時計を見やると、そろそろ夕飯時だった。

長時間同じ体勢を取っていたためカチコチになった身体を解そうと振り回した腕が、無造作に積み上がっていた本の柱にぶつかって倒壊を招く。

お腹の空き具合からしてもうひと頑張りしようかと思っていた私は、その様に急にやる気を失って向かいの戸を叩いた。


「セブルス!夕飯何にする?」


妙な話ではあるけれど、同棲と言っても個人の部屋を設けた私達が顔を合わせる頻度は、ある意味隣のマダムよりまれだったりする。

この間なんて、朝に『おはよう」と挨拶を交わしたっきり、次に彼の姿を見たのが3日後だった。

廊下ですれ違えば“失礼”なんて他人行儀に挨拶しあう。面識の隣人のような、他愛の無い世間話さえ、ほとんどといってない。

疲れきってどうにも休息が欲しい時だけ、(主に私が)お茶に誘う。

セブルスはそれを断ったりすることもなく――徹夜が続いた時の私の顔のすさまじさに圧倒されて、断るタイミングを逃しているだけかもしれないが――美味しい紅茶と一緒に、歯が折れそうなほど固いスコーンをお茶請けとして出してくれる。


ここだけの話、あんなに上手に薬品を作るにもかかわらずセブルス・スネイプは、あまり料理が得意でない。特に甘いものは自分が興味がないせいか、からっきしだ。

一昨日のロックケーキなどはまさにその名の通り“岩”だった。

作ってもらった手前文句は言わない――言えない――が色々なところ(主に歯及びあご)に支障をきたしそうになりながら、ちまちまと食べる私の姿がよっぽど恨めしかったのだろう。

薫り高い茶葉を目の前で堪能しながら彼は『お前の老後のためだ』などと、よく分からない言い訳をこねた。
ついでに次回は“フルーツケーキにする”とも。


グランマになった時の、私の強靭かつ健全な歯に期待。

正直甘みの薄いアスファルトのようなフルーツケーキを想像するのは、ものすごくゾッとしないのだけれども。



「セブルス?」


寝てるかもしれないと思いながら、もう一度声を掛けた。扉に耳をはりつけるとドサリと重たいものの崩れる音がする。

大方数十秒前の私と同じことをしたのだろう。これでもかというほどの本に埋もれた、そっくりな、でも全く違う私たち二人の部屋に苦笑がこぼれる。


「―――なんだ、」

「いや、いっしょに夕飯でもどうかと思って」


今朝方ぶりに見たセブルスのワイシャツの白が眩しかった。ホグワーツでは絶対に見られなかった姿だ。

彼は開けっ放しにしたドアの隙間から私の部屋を覗いて眉をひそめる。


「また、本が増えたんじゃないか?」


さっきすごい音がしたぞ、と彼は言った。
それはこっちのセリフでもあること主張すると「本当に床が抜けるな」と諦めたため息を吐く。

引っ越すときにもう散々繰り返したやり取りを今更再燃させる気もないのだろう。

本の虫二匹に本を減らすことなど、出来ようもないのだ。


「もう一部屋借りる?」


冗談交じりの私の言葉は、バカ言うなと一蹴された。


『それじゃあ、意味がないだろ』


何の意味なのかは聞いたことはない。聞いたってどうせ照れてしまって教えてくれないのだ。


「シェパーズパイにするか」


同居人の数少ない得意料理にやった、と声をあげた私はパイ生地を冷凍庫から出すため、リビングに駆け込む。


「卵ってまだあったっけ?」


後ろからパタパタゆっくり追いかけてくるセブルスのルームシューズは、色違いで私のとお揃いだ。


 Granma's Fruit Cake



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