掌編
□めいてい
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ソファにだらしなく腰掛けたまま口の上で飲み干した缶を垂直に傾ける。
数回振って何も出なくなったことを確認した私がおざなりにテーブルの上に転がすと、ため息を吐いたセブルスがそれを一直線になるようにきちんと並べた。
目の前のこれ見よがしな空き缶たちはもうそれぐらいにしておいたほうがいいんでないかい、と私を止めるために隊をなしているようにも見えてくる。
まだ大丈夫よ、と心の中で呟いた私は力の入らない手で新しい缶を彼に差し出した。
「開けて、」
セブルスの長い指が優雅にプルトップを持ち上げる。やけにキザだ。妙に勿体ぶったような動作がわけもなく可笑しい。
そのなんとなく笑ってやろうって感じを敏感に感じ取ったのか彼は横目で私を睨んだ。
「なんだ、」
「いや別に。セブルスも飲めばいいのに、と思って」
通用したのか分からない誤魔化しはフンと鼻であしらわれてしまった。
こう見えてアルコールに弱い彼は外へ出てもめったに飲まない。
その代り私が他人の倍は飲むのだけれど、今日は自宅なのだし、素面の彼を置いて自分だけどんどんアホになっていくと言うのも気が引ける。
すでに四本のハイボールが空けられているから、どちらかがベロベロになってもう片方の酔いが冷めてしまう、ってこともないだろう。
ほら、とグラスを渡したら彼は渋々と言った感じに受け取って少し傾け、淵に張り付いた泡を舌の先で舐めとった。
コップ一杯飲み干すのに一晩中かけるつもりか、と思ったが野暮なので口には出さずにおいた。
「ホグワーツ、楽しい?」
やたら喉の奥に引っかかるジンの苦みを唾液と共に飲み下しながら世間話の延長線を装って聞いてみた。
ついでにぼんやりしてきた頭をセブルスの肩口の辺りに乗せると重い、ではなく、痛いと言って彼は身をよじる。
その身体は前よりも痩せた、気がする。
「 教師は別に楽しいことじゃない」
ふうん、と私は随分気のない返事をした。おおよそ彼からやりがいバッチリ、などという言葉が聞けるはずもないと思っていたからもある。
本意はもっと別のところにあったということにもある。
「―――でもまたあなたは、私を置いて行ってしまうのね」
口に出した瞬間に火照っていた体の温度が一気に冷めた。
酔っていたのを理由にセブルスが聞いてないのではないかと思ったが彼は首をひねり口を開けて私を見ている。
慌てて体を離した。
「 そ、そうじゃないの! 寂しいわけじゃ・・・寂しいけどっ、行ってほしくないんじゃなくて、いや出来れば行ってほしくないんだけど。
で、でもそんな重たいこと言いたかったわけでもなくて・・・・そ、の・・・ごめん、忘れちゃって」
言い訳がお粗末なうえに支離滅裂だと思ったら涙まで出て来そうになってそう言えば私は泣き上戸だったことを思い出す。
ただの寝言だなんだとまだ言い足りない気がしたがもう何を言っても無駄だとも気づいていたので口を閉ざした。
しばらくの沈黙の後、ギシリと音をたててソファのスプリングが軋んで熱い手の平が頬を撫でた。
耳元で名前を呼ばれて背中にゾワリと鳥肌が立つ。
少し湿った唇が頬や顎を掠めて少々強引に私のと合わさった。
口内に残るジュニパーベリーはさっきと打って変わっておかしいくらいに甘い。
「 好きだ、」
私だってもう大人なのだからズルイやり方だってそれなりに心得てるのだ。
前後不覚なぐらい酔っているというのはこれ以上ないほど都合のいい言い訳だった。
だからこれは甘えてるんじゃない、と自分に言い聞かせ、
こぼれないように高く持ち上げられたセブルスのグラスの中のマティーニが残りわずかになっているのを見て、彼は何上戸だったかと考えながら目を閉じた。
めいてい
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