掌編

□無造作紳士
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えっと、どうだったっけ。
雨がすごく降っていた――違うな、私が泣いてたんだった。


聞きしに勝る胸の痛みだった。泣けちゃうほど切ない、じゃなくて号泣した。
こんなに泣いたら足元に海が出来て私はどんぶらこと流れ出してしまうんじゃないかと思ったくらいだ。
むしろいっそ流れてしまいたかった。彼のいない世界に。
自分で生み出したしょっぱい水に流されて幸せな南の島なんかに流れ着くことを想像したら少し胸の痛みがましになった気がする。
でも現実には目に押し当てていたローブの袖がぐっしょりと濡れただけだった上に、目の前に心底迷惑そうな顔をした男の子が立っていたのだった。

・・・本当にすごく嫌な顔をしている。
普通目の前に泣いている――それも号泣だ――女の子がいたら「どうしたんだい」くらいの優しい声を掛けてしかるべきだ。
間違っても突っ立ったまま見下ろしたり、あからさまに面倒くさいなって顔をするべきじゃあない。
それがいかにニンゲン扱いをされているとは言い難いセブルス・スネイプでもだ。
『この泣きみそ』って言ってやりたかったけれど、涙で擦れた私の喉は意味不明な音を洩らしただけだったし、どう考えたって今この状況で泣きみそなのは私の方なのだった。

仕方がないから聞かれてもいないのに「振られたの」と話を切りだした。
彼だってどうしてこんな誰も来ないような木の下で私が泣いているのか気になるだろうし、仮に全然興味がなくてうんざりしていたって構わない。

私にはただとにかく感情を吐露する場が必要だっただけなのだ。
こんなところで延々と泣き続けていたって南の島には行けないことも、夕食までには“あの人”のいるホグワーツに帰らなきゃいけないこともわかっていたんだから。

「か、彼って初めから優しかったの。四年前、ホグワーツに入ったばっかりの時から。外国から来た私には友達が一人もいなくて、すっごく心細かった時に一番最初に声を掛けてくれた。
落ち込んでいたらいつだって一番に気づいてくれて、大丈夫?って聞いて、そっと手を握ってくれるような優しい人で……それは決して私にだけじゃなかったんだけど、それでも自分は特別なんだ、って思ってた。だって私には彼が特別だったんだもの。私がオシャレをするのも、優しくするのも、にっこり微笑んでみせるのも全部全部彼の前だけだったのに――まあ、結局は…みんな私の独り相撲だったんだけど」

ごめんね、これからも君は大切な友達だよ、なんて言葉は卑怯だ。
好きじゃないなら思わせぶりなことして欲しくなんかなかった。いっそ嫌いだって言ってくれた方が泣かずに済んだ。
あの子の方が可愛いからと言ってくれたらあきらめもついた。

これじゃあまるでバカみたいだ。勘違いして浮かれていた自分が悔しくて涙が出る。なんて見る目のない女なんだと思うと涙が出る。なにより彼の好きな女の子になれないことに涙が出る。

このあんまりにもありきたりで間抜けで、可哀そうな姿を誰にも見られたくなかったからここに来た。
悲劇のヒロインになりたいときに友達なんて何の役にも立たない。
たった一ドルしかしないペーパーバックにだってもうちょっと高尚な失恋小説がのっているのに。

「……あ、あなたも、ちょっとはなんとか言ってくれたらどうなのよ!」

打ち明けたら急に恥ずかしくなってきたこともあって、張り上げた声もむなしく、顔を上げた時にはすでにスネイプはいなくなっていた。
代わりに折り目正しく畳まれた真白なハンカチが、目の前に置かれていた。

紳士と呼ぶには、少しも洗礼されたところのない(少なくともハンカチは清潔だったけれど)無器用すぎる優しさだった。
他人の話を最後まで聞かないなんて、なんて奴だ。と独り語ちながらそれを顔に押し当てて私はもうしばらく泣いた。
この次ハンカチを返す時に言う、お礼の言葉を考えながら。


無造作紳士






 

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