All NIght Long
□chapter13
1ページ/2ページ
「…――ネイプ先生!!」
腕を真っ直ぐ突き出したままにノーラが勢いよく体を起こすと、すぐそばで驚いたような声があがった。
何事か分からず彼女自身もキョロキョロと辺りを見渡せば、ようやく周りの明るさに慣れてきた目にぼんやりと周りの景色が映ってくる。
真白なベッドが幾重にも並べられたここは、どうやら医務室の様だ。動かした途端体中に走った痛みに、思わずもう一度横たえた自分の背中の下にも柔らかなマットレスがあることを感じた。
眩しい朝日にどうにか慣れようと、瞬きを繰り返すノーラをおずおずと心配そうな三つの顔が覗き込む。
「………ハ、リー?ハーマイオニー、ロン?」
消え入りそうなほどか細くはあったが彼女の口から自分たちの名前が出たことに彼らはどうやら歓喜しているようだ。
てんでバラバラなことを3人いっぺんに、それも大きな声で話すものだから、鈍く痛む頭にまるでハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。
「ちょ、ちょっと、ごめんなさい…もう少し、ゆっくり……出来れば静かに」
そんなノーラの言葉を擁護するように、マダムポンフリーの激が飛んでくる。
「あなた達!静かにできないのなら即刻出て行ってもらいますよ!」
途端に彼らはネジの切れた人形のように大人しくなり、小声でしかし興奮気味に彼女に詰め寄った。
「ああ、ノーラ……本当に心配したわ。あなたホグズミードで倒れて以来、ピクリとも動かないんですもの」
「そうそう。それに動いたと思ったら“先生!”なんて叫ぶし、そしたら今度はスネイプが倒れるしさ……」
「ちょ、ちょっとまって!スネイプがなに?……その前に、今いったい何時なの?」
頭を抱えて、手の平でストップをかけたノーラにベッドの端に腰を掛け、腕時計を覗き込んだハリーがこともなげに言った。
「12時だ、火曜日のね」
「火曜日?!」
となると彼女は3日間もこうして眠りこけていたということになる。早いんだか、遅いんだか分からない時間感覚に増々頭がクラクラするような気がした。
「一体何があったんだい?夢遊術や退学に全部片は付いたの?」
「……えっと、それは…――」
どこ何から話し始めるべきかと、ノーラが言葉に困っているとガチャリと医務室の扉が開く音がする。
「ミス・レッドフォード、目が覚めたかの」
「ダンブルドア校長!」
慌てて体を起こそうとした彼女をダンブルドアは笑って制した。半付きメガネの奥のキラキラしたブルーの瞳が優しく細められる。
「病み上がりなんじゃから、無理をせんでよい。わしも君に聞きたいことがいっぱいじゃが、君にもまた聞きたいことが沢山あるじゃろう?そんなに固くなっては体がもたんぞ」
「は、はあ……」
ベッドのそばに据えられた椅子に腰をおろしたダンブルドアがノーラを見つめ、そしてハリー達を見つめた。
「付きっきり看病しとったからのう、君達も疲れておるじゃろ。いったん寮に帰りなさい。その間しばらくわしと彼女だけで話をさせてくれんかね?」
三人が三人とも何か言いたそうな顔をしたが、やはり校長には逆らえなかったようだ。名残惜しげに礼をして、医務室を出て行った。
そのドアを閉める音を最後に、部屋に水を打ったような沈黙が満ちる。
「……ラファエルに会ったのじゃな?」
「―――はい、でもローザと……私の曾々祖母と一緒に消えてしまいました」
「そうか……これでようやく彼もしがらみから解放されたのじゃろ」
ダンブルドアが俯いて手の中の小さな古い本に目を落とした。剥げかけの金色の文字はかろうじて“夢遊術”と読める。
「その中に封印されていたのですね」
「そうじゃ……50年前にワシが魔法で押し込めた。あの時はこうするのが一番だと思っとったんじゃ」
その口調からが彼がそのことを悔やんでいることが見て取れた。しかしきっとダンブルドアの事であるから、その時点ではそれが一番良い策だったに違いない。
「校長先生?」
「なんじゃ」
「私、夢の中で曾々祖母のことを思い浮かべたんです。彼の執着が彼女だってことは分かったので……でもその後のことは何にも考えてませんでした。
それなのに彼女は私が思っても見ないようなことを喋り出したんです。これって一体どういうことだったんでしょう……?」
やはりあの“ローザ”はノーラの作り出したまがい物だったのか、それとも―――
「―――さぁての、ワシにはちっともわからんよ」
微笑んだダンブルドアがチラリと扉の方に目をやった。その直後、控えめだが少々荒いノックが響く。
「……どうやら、ワシも退散する時間が来たようじゃ。後は彼に聞くがよい。君より2時間ばかり前に目を覚ましたばかりじゃから」
「え?」
扉が開いた瞬間ノーラは首を少し傾げたままに――もうすっかり夢からは解放されたにもかかわらず――その身体を凍りつかせた。
「この件において、彼ほどの功労者はおらんよ」
そう言い残すと、なぜだか可笑しくて仕方ない様子のダンブルドアは忍び笑いを洩らしながら“彼”と入れ違いに、姿をくらませた。
・