All NIght Long

□chapter1
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―――恐怖とは絶対的な敗北である。

抱いてしまった刹那に、恐怖の対象の奴隷と成り下がるのだ。

打ち勝つまではその手も足も、心すらあなた自身のものではない。

汝、恐怖に隷従せよ。


 §


ここ連日の雨ばかりの空には、重く鉛色の雲が立ち込めていた。そのせいか開け放った窓から入る風も、まるで空気のよどんだ水槽の底を通ってきたように湿っぽい。

風はぼんやりと辺りを照らしているランプの明かりを一度大きく揺らして、机の上にうつぶせるようにしてウトウトと舟をこいでいたノーラの目を唐突に覚めさせた。


「……やだ」


“いつの間に眠り込んでいたんだろう”そんな囁くようなぼやきが、耳の痛くなるほど静寂に満ちた部屋に必要以上に大きく響いて、ノーラはギクリとする。

思わずなにかの気配を探るように息を殺し、耳をそばだてて辺りを窺ったが、深夜のグリフィンドールの談話室に当然、彼女以外の人影は見当たらなかった。


「………この怖がり。自分で自分に驚いてれば世話ないわよ」


長く羽ペンの先を押し付けていたために細い葉脈のようにインクの黒い染みが広がっている羊皮紙をグシャリと丸めて、ノーラは手早く持ち物を片付ける。

明かりが吹き消されると、月の光すらない室内はドロリとした闇一色に呑まれた。

例えば彼女がソロリと女子寮の階段を上がるのを誰かが見つめていたとしたって、分からないほど。


――それはあくまで“例えば”の話であるが。




明後日に提出を控えた――あまり進歩の芳しくない――魔法薬草学のレポートと今日一日のことについてわずかばかりふり返ったノーラは4回ほど寝返りを打った後、引きずり込まれるように眠りの中に落ちていった。

最後に考えていたのは今週末のホグズミードの天気についてだったように思う。

雨だからと言って中止になるわけではないが、やはり晴れている方が気持ちがいい。

青い空と、黄金色のバタービル、砂糖たっぷりでカラフルなお菓子。

そのおかげかしばらくはピンク色の雲の中を進むような、頼りないが心地よい夢を見ていた。


それからどれほど時間が経ったのだろう。

別段寝苦しいと感じたわけではないが、ノーラ・レッドフォードは唐突にその目を覚ました。

どこからか聞こえてくるこの衣擦れとガスの洩れるような音のせいかもしれない。

誰かが起きたのだろうか、とまずは腕を動かして体を起こすことを試みただが、奇妙なことに鉛の様に重たい体はその意思に反してピクリとさえ動かなかった。

一体何故。当然の疑問に緩慢だった頭の中からも眠気が遠ざかる。


ベッドから数メートルほど離れたところにある痛んだ木の板がギシリとひときわ大きな音をたてた時、彼女は知らずその身を強張らせた。

一方でゆっくりと、しかし確かに“何か”は部屋の中を動き回っているようだ。

それだけでも十分気味は悪いのであるが、加わえて二段ベッドのどこかが大きくたわんだ瞬間にはたまらず悲鳴を上げかけた。

もっとも動きもしない口からは荒い息の塊が漏れ出しただけだ。


その刹那、彼女は大きく見開かれたままの瞳に暗闇の底で怪しく光る二つの金色の灯を確かに捉えたのである。



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