All NIght Long
□chapter13
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カツカツと一定のスピードで黒いショートブーツの靴底が石の床の上で音をたてた。
大抵のホグワーツの生徒、特にグリフィンドール生は1年の内にこの足音とこの足音をたてる人物の名前を一致させ、どこかで聞こえてこようものなら、杖を教科書をお菓子を一目散に片付けて瞬時にその場を去ることの出来る体制を整える。
しかし、体中に走る痛みはノーラをしっかりとベッドに縫いとめて、枕元に備えられたジェリービーンズの箱も、お見舞いの手紙の束も片付けさせてはくれなかった。
反射としてどうしても引きつってしまう頬の筋肉を感じながらも、ノーラは死神の様に立ち尽くし彼女を見つめる真っ黒な男に微笑みかける。
「……どうぞ、お掛けください。スネイプ先生」
彼はまるでアンドロイドかなにかの様に一部の無駄もなく、先ほどまでダンブルドアの座っていた椅子に腰をおろした。
「ご無事でなによりです」
その一言が胡散臭いとでも言うようにスネイプは眉をひそめ、彼女をじっと見つめた。言葉の真偽を図っているようでもあった。
「……――ボルドは今聖マンゴに入院中だ。長い間奴に憑かれ続けていたがために、肉体だけでなく、精神的なダメージも大きい」
ノーラの顔が曇ったが、彼の表情は相変わらず陰鬱な土気色をしている。夢の中で“よくやった”と言ったことがやはり嘘のように思われた。
「しかし、来学期からは復帰できるだろう。彼の頭なら授業について行けないということもあるまい」
「そうですか……よかった」
スネイプはそれに頷きもせず、任務は終えたとばかりに椅子から立ち上がる。驚いたノーラは咄嗟に手を伸ばして彼のローブの裾を掴んだ。
何処までも黒い瞳がその指先にじっと視線を落とす。
「―――なんだ、」
「あ、あの、えっと……おっしゃりたいことはそれだけですか?他にも、なにか…」
彼女自身、彼の口からいったいどんな言葉が聞きたくてこんなことをしてしまったのか、まったく分からなかった。
ユーベールのことは聞いた。カンニングの疑いは解けた。その他に自分が彼から教えてもらわなければならないことは一つもないはずだ。
まったく妙なことをしでかしてしまったものだ、と後悔するほどの沈黙があった。
「なぜ……」
「え?」
「なぜあの時、お前は他の誰でもなく“ホグワーツの教師”を呼んだ。吾輩の声が聞こえていたとしても吾輩であることは分からなかったはずだ」
ノーラは思わずスネイプの顔をマジマジと見つめた。そして彼がどうやらこれを大真面目に尋ねていることを悟って苦笑した。
「それは、多分勘と……偶然ですね」
「は?」
「先生が“あの壁を見ろ”っておっしゃった時に、ホグワーツの壁の落書きがありましたから、ホグワーツの関係者であることは分かりました。
それにあの壁は教務室のすぐそばにありますから、もしかしたらって……それともう一つは」
彼女は少し言うかどうかを迷うように、目を泳がせた。が、スネイプがまんじりともしないのを見て決心を固めたようだ。
「落書きには、その…“スネイプのバカ”って、書いてありまして……」
もしかしたら一番しっかりと想像したのは先生の姿だったかもしれません、と半ば消え入りそうな声になって俯いたノーラのすぐそばで、喉の奥でクスリと笑うような声が聞こえた。
驚いて顔を上げれば、口に手を当て、顔を少し下へと傾けたスネイプが小刻みに肩を揺らしている。
「それは―――随分と良い勘と運を持ち合わせているようだ、」
しかし彼女が口を開けたまま呆然としていることに気づいた途端、彼はすぐさまいつもの仏頂面に様変わりした。
そして半ば強引にノーラの手の中からローブの裾を抜き取る。だが、またしてもスネイプの退出は失敗に終わった。
いったいどこから入ってきたのか、それとも最初からいたのか。彼女の愛猫のロレンツィーナがそっと忍び寄り、甘える様に彼の足首に身体をすり寄せたのだ。
鬱陶しそうに足を持ち上げたスネイプの口からつい、いつもの調子がもれる。
「うるさい!今日は貴様の餌になるようなものは持ってない」
なによりも驚いたのは彼自身だった。
「あの、先生もしかして、ロレンツィーナの……」
「っ――知らん、勝手な勘違いをするな!」
皆まで言わせまいとノーラの言葉を遮り、早足で扉の前へと移動する。しかし、ドアノブに手をかけたところで思い直したようにピタリと身体を止めた。
「次の補習は木曜だ……強制はしない。来たければこい」
ものすごい音をたててドアが閉まった。
何事かと飛んできたマダムポンフリーが、彼はここを一体どこだと思っているのかと憤慨したように鼻を鳴らす。
それにまったくだというように頷いてやりながら、ノーラは口元を隠した両手の下でコッソリと忍び笑いをした。
彼のローブを握った手の平から、ほんのりと薬品の香りがする。
Fin.