All NIght Long

□chapter8
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朝食が終わったらお見舞いにゆくつもりだなどと言って、ノーラが目玉焼きを一つ食べ終えない内に彼女を広間から引っ張り出したエリザベスは、医務室に着いた途端、急にエンジンでも切れたように立ち止まって髪を手櫛で梳かしたり、スカートのしわを伸ばしたりといったような奇怪な行動に出た。

付き合いきれない、という風に首を振ってノーラが扉を開けるといつものごとくケンケンした様子のマダム・ポンフリーがすっ飛んでくる。


「あら、ミス・レッドフォード!今朝は包帯を変えましたか?」

「あー…いえ、あの、まだ…――」

「なんです、患部は清潔にしておくようにとあれほど言ったでしょう!それでなくても魔法薬の効かないわけのわからない傷なんですからね。さあ、いらっしゃい!」


何をか言葉を発する間すら与えてもらえず、ズルズル引きずられてゆく彼女が困ったように友人を振り返った。

普段の快活さはどこへやら、ちっとも何も言いださないエリザベスをポンフリーはチラリと見やっただけで、もう帰ってよろしいと素気無い。

ガッカリと肩を落として帰ってゆく姿をベッドに座らされたままノーラが気まずく見送っていると、隣のカーテンがサッと開いた。


「あれ?ノーラ!一体どうしたんだい、こんなところで」

「おはよう、ユーベール。あなたが倒れたってエリザベスに聞いてお見舞いに来たの」


朝日の中でまじまじと見つめたユーベールの顔は、確かに健康的とは言えなかった。

目の下のクマはひどく濃くなっているし、頬はまるで皮膚の下が透けているかのように青ざめている。美しいブロンドもいつもより光を失って見えた。


「バレちゃったのか。弱ったな、できれば君には知って欲しくなかったんだけど」

「どうして?」

「どうしてって、それは……格好悪いじゃないか」


男の子ってそんなものなのかしら、と彼女は不思議そうに眼をパチパチさせたけれど、彼はそれ以上何も言うつもりはないのか、サッと布団に顔を埋めてしまう。

急に熱でも出たように目の周りが赤かった。


「僕のことはいいんだ、マダム・ポンフリーもただの疲れだろうって言っているし。それより君はどうしたんだい?」

「あー…えっと」


執拗以上にグルグルに包帯の巻かれた自分の足を見つめながら、ノーラは言葉に困った。

正直なところ、彼女自身にも分かっていないのだ。

ただの傷ではないことは確かなようだけれど、あの夢との関連性を示すようなものはまだ見つかってもいない。


「覚えはないけれど、多分どこかにぶつけたんでしょうね」

「そうか、早く良くなると良いね」

「あなたもね。こうして一日中真白な天井を見つめているばかりじゃ退屈でしょう」


暇すぎて逆に死んでしまうわ、と我が事のように言うノーラの言葉をユーベールが可笑しそうに笑った。


「そんなことないさ。好きなだけ寝てられるし。薬学の授業に出られないのはちょっとショックだったけど、それよりいいことがあった」

「なあに?朝食が美味しいとか?」

「違うよ、君が来てくれたじゃないか」


サラリとそう言われたので彼女もああそうか、と危うく頷きそうになったけれど、良く考えたらものすごいことを言われた気がする。

いやでもユーベールはそのようなつもりで言ったんではないだろう、と冷静に分析しようとしたところで、いったん血が集まった顔はもうどうしようもなかった。


「――あ、あの……私、帰る。授業行かなきゃ」

「そうか……あのさ、良かったらまた来てくれる?」


とてもじゃないけど今はあのアンバーの瞳を正面から見据えることは出来そうもない。

大慌てでカーテンを引きながら考えとく、とだけ言い残したノーラは頭の火照りが冷えるまで、ただひたすら廊下を歩きまわったのだった。



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