戦国KISEKI


□第肆話
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翌朝、赤司はいつもより早起きして念入りに馬の世話をしていた。



「本当に誰も付いて行かないで大丈夫?」



上着を持ってきた実渕は心配そうに言う。



赤司はそれに袖を通しながら溜息を吐いた。



「その台詞、もう今日で4回目だぞ…お前が2人で花見でもしてこい、と言ってくれたんじゃないか。」


「だってやっぱり心配なんだもの…小太郎に見えない所にいといてもらっ「断る。」



赤司は実渕の提案をばっさりと斬り、慣れた様子で馬に餌をやりながら続ける。



「人のいる所には行かないから心配するな。それに、ここで一番腕が立つのは僕だろう。他の奴を何人付けたところで無駄だ。」



赤司の主張に折れ、実渕は困ったように眉を下げた。


「…分かったわ、くれぐれも気を付けてね。それから…」



「?」



首を傾げる赤司に実渕はふっと微笑む。



「今日は仕事の事は忘れて、目一杯楽しんできなさい。」



また小言が飛んでくると思っていた赤司は、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑み返した。



「あぁ、ありがとう。」










その頃、真麻は昨日貰った着物を赤司付きの侍女に着付けてもらっていた。



「お綺麗です、真麻様!」


「戴いたお着物が可愛いからですよ。」


真麻は照れ臭そうにそう言って頬を染める。



「本当によくお似合いです…将軍様もきっとお気に召されますわ!」


「そ、そうですか…?」



突然城に来た新参者と侍女という事で互いに敬語を使っているものの、歳が近い事もあり真麻は彼女と気が合い、よく京遊び等をして一緒に時間を過ごしていた。



「そういえば、今日はどちらへ?」


侍女が訪ねると、真麻は少し視線を落として答える。


「それが…まだ聞かされていないのです。」


「では行ってからのお楽しみですね。素敵なお土産話、期待してますから!」


そう言いながら帯の形を整え、出来ました、と侍女は真麻の背中を軽く叩いた。



「ありがとうございます。では、行って参りますね。」



真麻は満面の笑みを彼女に向け部屋を出る。



大奥との確執の事もあり、あまり人目に触れないように、赤司とは馬小屋で待ち合わせていた。




(征十郎様…どこへ連れて行ってくださるのかしら…………ん?)



早く会いたい、という思いから自然と早足になっていると、階段に続く廊下が進路を塞ぐかのようにように広範囲に渡って汚れているのに気付く。



「困ったわ…これじゃ外に出られない…他に経路があるのかしら…」


城の造りがよく分からず困り果てていると、ツンとした臭いが鼻を刺した。



「すごく生臭い……何なの?これ……」


汚れにギリギリまで近付いてみると、廊下の角に白い物体を発見する。



それが何か分かった瞬間、真麻は膝から崩れ落ちた。




「あ、あぁ……酷い…っ…誰が、誰がこんな酷い事を……!」




ドクドクと鼓動が脈打つ。




そこにあったのは、腹を裂かれた白兎の亡骸だった。




抜かれたのであろう腸が隣に転がっており、代わりに兎の腹には血に染まった桜の花弁が詰められている。



廊下一面に広がっていたのは、まさにその血だったのだ。




「…どうして…?どうして、こんな……」



唇をわなわなと震わせ、目に涙を溜めながらどうして、と繰り返す真麻は、瞳孔が開いて錯乱状態に陥っている。



そこに、先程の侍女が声を聞き付けてやってきた。



「…真麻様!?」


真麻の肩を抱いて顔を覗き込むがその視線は兎に張り付けられたまま動かない。



「しっかりなさってください!!誰か…誰かおられませんか!!」



侍女が声をあげて助けを求めていると、丁度赤司と分かれてきたばかりの実渕が逆側からやってきた。


「真麻!もう征ちゃん外で待ってるから早くしなさい…………って……!?」



実渕はそう言い掛けて悲惨な光景を目にし、思わず口を手で覆ったが、すぐ冷静さを取り戻して真麻に駆け寄る。



「…私が征十郎様を想うのは、これ程までに罪深い事なのですか…?」



今にも消えそうな声で呟かれたそれは、血と同じように床に染み入った。



「落ち着いて、大丈夫だから。一先ず部屋に戻りましょう。」



実渕は優しく宥めるようにそう言って真麻を立ち上がらせると、体を支え部屋に向かって歩きだした。





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