戦国KISEKI
□第参話
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「ったく、拍子抜けだぜ…平和ボケにも程があんだろ…」
青峰は呆れ顔で呟きながら2人に近付く。
「侵入者…!?」
「何者っスか!!」
互いに向けていた刀を青峰に向けて、2人は素性を問い質した。
「あ?オレは仙台藩主の青峰大輝だ。」
それを聞いた春奈は目を丸くする。
「仙台…って事は、東国から…?」
「あぁ。」
「「…………。」」
2人は改めて青峰を頭の先から爪先まで観察した。
「…何だよ。」
青峰が不審そうに表情を歪めた瞬間、2人共警戒心むき出しで剣先を向けて叫ぶ。
「絶対嘘だ!!やっぱり怪しい!!」
「そうっスよ!見るからに南の出身じゃないっスか!!」
「お前ら絶対肌の色見て判断しただろ!!」
青峰も叫ぶようにツッコんだ。
そして、ゆるゆるに緩んだ空気を春奈が再び引き締める。
「さっき将軍様の悪口を言った時点で、もうあなたが招かれざる客である事は分かった…目的は何?それによってはここを通す訳にはいかない。」
黄瀬よりは確実に大きい青峰を前にしても、春奈は臆する事なくそう言い刀を構えると、真っ直ぐな瞳に見据えられた青峰はニヤリと笑った。
「…確かにそれだけ威勢がよかったら下手にビビリの男を雇うより数段マシだ。だがな……兵は戦えなけりゃ意味ねーんだよ!!」
そう言うと同時に腰の太刀を引き抜き、空気を真っ二つにしてしまいそうな速さで青峰は春奈に斬り掛かる。
「春奈っち!!」
叫んだ黄瀬からはどうなったのかが見えない程、青峰の太刀は鋭く、そして速過ぎた。
風圧で表面の雪が舞い上がる中、春奈は一歩退いた所で無事に青峰の剣を避けていたが、その表情は驚きに満ちている。
「…速っ……あなた本当に人間…!?」
「へぇ、こんな足場の悪い状態でもギリギリかわすとはな…一応出来る子ってワケか………面白ぇ、」
馬鹿にするような表情が途端に好戦的な物に変わり、青峰はさらに続けて剣を振るった。
「!」
僅か二度目にして春奈はタイミングを合わせ青峰の剣を受け止める。
そして鍔迫り合いとなり2つの刃がぶつかる音は次々と空に消えていった。
(改めて思ったけど…春奈っち、強い…!!もしオレが越えられない壁があるとしたら、やっぱり……)
黄瀬がそう思った矢先だった。
「…確かに上手ぇよ。でも、これは試合じゃない…殺し合いにおいて、テメーは隙だらけだ。」
青峰はそう呟くと、今まで地面を踏みしめていた左足を振り上げる。
「…え……っ!?」
刀にしか集中していなかった春奈は、それに反応出来ず脇腹にもろに蹴りを食らった。
「春奈っち!!」
黄瀬の叫びも虚しく雪国用の硬い長靴による衝撃と明らかな体重差で春奈は数メートル吹っ飛んだ。
「…所詮は型通りのごっこ遊びだ。オレには通用しねーよ。」
冷たい視線を春奈に突き付けて、青峰は城の入り口に向かって歩き出す。
「…待つっスよ。」
呼び止める黄瀬の声は怒りに震えていた。
「やめとけよ、お前からはあの女程の強さも感じられねぇ。そしてオレは…男が相手じゃ手加減はしねーぞ。」
青峰は先程より一層殺気を際立たせて黄瀬を見据える。
「…っ…うぁあああぁぁあぁッ!!」
黄瀬は怒りに任せて青峰に斬り掛かった。
「チッ…」
面倒臭そうに青峰はその太刀を受け流すが、黄瀬は体勢を直すと再び剣を振り下ろす。
「許さない…お前だけは、許さない…!!」
何度受け止められようと一心不乱に刀を振り続ける黄瀬の力は、弱まるどころかどんどん強くなっていき、受け身をとっていた青峰がここにきて押され始める。
(!こいつ……)
青峰は、春奈からは感じられなかった殺気を黄瀬からは確かに感じ取った。
「…春奈っちを…よくも……!!」
「くっそ…」
このまま防御を続けるのは得策でないと判断した青峰は、一瞬の隙に刀を握り直して黄瀬の刀を叩き折った。
「…えっ…!?」
「そんなにヤワい剣で何かを守ろうなんて……笑わせんじゃねぇよ。」
黄瀬は悔しさに顔を歪め唇を噛み締める。
青峰が止めを刺そうとしたその時、
「…そこまでだ。」
「…あ?」
声につられて振り返る青峰の横で黄瀬は目を見開く。
「…将軍様…!!」
そう、そこでは丁度赤司が春奈に手を貸して起こしているところだった。
何とか立ち上がった春奈に黄瀬は駆け寄る。
「…お前が赤司か。」
「そう言うお前は、琉球の者だな。」
真剣な目をして言う青峰に赤司も大真面目で返した…のだが。
「違ぇよ!!仙台藩主、青峰大輝だ!!」
「嘘を吐くな。どう見ても南国の者の焼け方だろう。」
「お前もか!!それはもうさっき終わったんだよ!!」
再びやってきた肌のくだりに青峰は飽き飽きしながらもツッコんでしまう。
「…将軍様…、すみませんでした…将軍様を差し置いて、先にボケてしまって……」
春奈は黄瀬に支えられなければ立っていられない状態であるにも関わらず、赤司に向けて謝罪する。
しかし赤司はいや、と首を振って言った。
「気にする必要はない、日本には天丼という文化があってだな…」
「もういいだろ!いつまでやるんだよ!!」
長々と続くコントのようなやり取りに青峰は終止符を打ち、赤司に向き直った。
すると赤司も少し目の色を変える。
「…冗談はさて置き…何の用だ、青峰大輝。石高の事なら異論は受け付けないと言った筈だが。」
「んな事はもうどーでもいいんだよ。今日はお前のその偉そうな面に泥ぶっかけに来た。将軍が一藩主に負けたなんて知れたら、もう大手を振って外は歩けねーだろ?」
「…馬鹿馬鹿しい。そんな事の為にわざわざ東国から上ってきたのか。」
その言葉に青峰はあからさまに顔を顰めた。
「オレはお家の流れで武士やってるお前とは違うぜ。今まで何人もの奴と斬り合って全員負かしてきた…」
それを聞いた赤司はへぇ、と感心したような様子を見せる。
「それはすごいな。よかったらうちの歩兵にならないか。」
「なっ…誰がお前の部下になんかなるか!!オレは自分より強い奴しか認めねぇ!!」
「ならば、お望み通り相手をしてやる。だが宣言しよう…どう転んだって、お前は僕には勝てない。」
そう言いながら、ついに赤司が剣を抜いた。
「はっ、ふざけやがって…オレに勝てるのはオレだけだ!!」
青峰はそう叫んで赤司に向かい走っていき、先程と比べても全く衰えない速さで剣を振り下ろす。
しかし、赤司は避けるどころか片手で握ったままの刀でそれを受け止めた。
「速いな…それにこの不規則な動き……我流か?」
(こいつ…オレの剣を受け流してやがる…!しかもこの速さで喋ってられんのかよ!?)
青峰がひたすら攻撃するも赤司は涼しい顔のまま全て受け止める。
「実戦に富んだ素晴らしい太刀筋だ…しかし少々自分の体に頼り過ぎだな、筋肉に無駄な動きが多過ぎる。体への負担を極力減らした立ち合いをする為に型があるんだ。覚えればお前はもっと強い剣士になれるぞ。」
「…っ…ナメやがってぇええぇぇ!!」
痺れを切らした青峰が大振りになった瞬間、赤司はようやく攻撃の構えに入る。
「それと、もう少し感情を抑える訓練が必要だな。」
そう言うと同時に赤司は青峰の剣先に自分の刀を強く打ち付けた。
「何だと……っ!?」
的確な場所とタイミングを突いた事により、青峰の太刀は梃子の原理で彼の手から離れて飛んでいく。
「…動揺して一瞬握りが甘くなった。今のが何よりの証拠だ。」
そして赤司はそのまま刀を突くように進め、青峰の喉元の寸前でぴたりと止めた。
「…っ!!」
「…僕の勝ちだな。」
(…負けた…のか?このオレが……)
刀をしまう赤司の前で青峰は茫然とする。
「大人しく国に帰れと言いたいところだが…これ程の力を田舎で腐らせておくのはやはり勿体ない……お前、今日からこの二人の師範になれ。」
赤司はそう言って黄瀬と春奈を指差す。
「は!?」
「「えぇっ!!」」
驚いたのは青峰だけではなく、赤司は2人に向き合って言った。
「お前達に不足しているのは技術ではない、実戦の経験だ。二人は青峰からそれを学び、そして青峰は春奈から剣道の型を習え。」
「なっ…勝手に決めんなよ!!」
「僕に負けっぱなしのまま尻尾を巻いて帰るのか?」
「うっ…」
青峰は反発するも、赤司に上手く乗せられてしまう。
「分かったならいい。黄瀬、今から城下町の鍛冶屋に行って刀を打ってもらえ。話は既に付けてある。」
「えっ…」
あまりの対応の速さに黄瀬は驚き顔になる。
だが、次の赤司の言葉で全て合点がいった。
「あんな純度の低い鋼の刀は実戦で使い物にならない。青峰と戦って分かっただろう。」
「じゃあ…春奈っちに刀を折るよう言ったのって……」
赤司は頷く代わりに少し口角を上げる。
「そうだな、表向きは反逆者を退治した褒美とでもしておくか。自分に合った、いい刀を打ってもらえよ。」
((…な…何このイケメン…!!))
その感動に黄瀬だけでなく春奈までもが震え上がった。
「青峰は春奈を部屋まで連れていけ。」
「は?めんどくせー………うおっ!?」
口答えした瞬間、青峰は志願した日の黄瀬と同じように赤司に転かされる。
雪に埋もれる青峰を見下ろす赤司の表情は、その雪よりも冷たかった。
「勘違いするな。負けてしまった今、お前は僕に逆らえる身分ではない。それでも逆らうなら僕を見下ろす事は許さない…一生地面にひれ伏していろ。」
頭が高いぞ、と言い残して赤司は背を向けて城に戻っていく。
「チッ…行くぞ。案内しろ。」
立ち上がり頭に付いた雪を払いながら青峰は春奈の肩を支えて言う。
「あっ…はい!」
よろよろしつつも確かな足取りで歩く春奈とその隣の青峰の背中を見つめ、そして先程の赤司の立ち姿を思い出し、黄瀬は武者震いのようなものを感じていた。
(春奈っちだけじゃない…ここにいる人達は全員、オレより強い…!もっと、もっと強くなってやる…この中の、いや日本中の誰にも負けない、1番の剣士に…!!)
彼の世界が、一気に広がった瞬間だった。
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