戦国KISEKI


□第弐話
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―城下町―



いつも通り客を見送った後、彼らのいた机を拭きながら、真衣は先日命を助けてもらった背の高い青年の事を考えていた。


(お礼言いそびれちゃった…刀提げてたから多分お侍さんだよね?今度会ったらちゃんと言わないと!)



すると、背後に差す長い影。



「すいませーん、お持ち帰りで団子6つ。」



「かしこまりました…って、あぁっ!!」


「ん、何?」



やってきたのは、今まさに待ち望んでいた彼だった。






「すいません、丁度作りためていた分が切れちゃって…これ、よかったら待っている間にどうぞ。」


真衣がそう言って温かいお茶を差し出す。



それを受け取りながら青年はありがとう、と笑顔で返した。



「いやぁ、こないだせっかくお土産にここのお団子持っていったのにさ、嶋原に行ってるとかで赤ちん留守だったんだよねー。」



「あの…前も思ったんですけど、“赤ちん”って…?」



真衣が不思議そうに尋ねると、彼は目を丸くした。



「え、知らないの?今の将軍様。」


「将軍様の事そんな風に呼ぶんですか!?」


将軍様のお膝元とも呼ばれている城下町では赤司の悪口はもちろん、本名を呼ぶ事すらも躊躇われるというのに、平然とあだ名で呼ぶ彼に真衣の方がハラハラしてしまう。



「だってオレと同い年だし。そういや、君も同じくらい?今いくつ?」


「私は16歳です。」


「やっぱり一緒だ。オレも赤ちんも16。」


(今の将軍様ってそんなに若かったんだ…)


真衣は驚きながらもいよいよ彼の正体が気になってきた。



「何かまた倹約令出すんだって。オレ今月は給料入るまでもう来れないかもー…」


青年は、軽そうな財布を繰り返し投げ上げてそう言うと深く溜息を吐く。


「幕府の兵士さんなんですか?」


「うーん、ちょっと違うかな。オレは正規兵みたいに常に城にいるワケじゃないから。」


「?」


真衣が首を傾げるのが分かっていたかのように、彼は続けて説明した。


「所謂雇われ兵だよ。必要な時だけ幕府から召集を受けて城を守ったり、時には―…」



そこまで言い掛けて彼は口をつぐむ。



「…何でもない、君は知らなくていいや。」



「でも………あっ、名前…」


何かを言おうとして、真衣はその青年の名を知らない事に気が付いた。


「ん、オレ?オレは紫原敦。」


「紫原さんですね。私は…」


「真衣ちん。」


「えっ、」


名乗る前に呼ばれた事とその奇妙なあだ名に真衣はピクッと反応する。



「こないだお客さんがそう呼んでたから。」


紫原はそう言ってへらりと笑った。



「…そんな呼び方はしてなかったと思いますけど…」


「これはオレの呼び方。」


呼ばれ心地はあまり良くはなさそうな真衣に対し、紫原は胸を張ってそう言う。



「それにしても…紫原さんが呼ばれるという事は、お城で何かあったのでしょうか…」


真衣はさっき言いたかった事をようやく口にした。



すると紫原はうーん、と考え始める素振りを見せる。



「どうだろ…単なる人手不足で呼ばれる時もあるからねー。でも、赤ちん何でもいきなりだから…何かあるのかもしんない。」



その表情は、複雑なものだった。




丁度その時、厨房から団子が出来たと真衣を呼ぶ声がかかる。



「やった、出来たて。」


待たされたにも関わらず、紫原は嬉しそうに真衣から団子の入った袋を受け取った。



「…あ、あの!」



紫原が歩きだす前に真衣は勇気を出して彼を呼び止める。



「何?」



「この間の、お礼がしたくて…」


「え、別にいいのに。」


紫原はさして気にしていない様子だが真衣はぶんぶんと首を振った。


「よくないですよ!あ…そうだ!私、早朝と夕方にお団子作りの練習してるんです。まだとても売り物には出来ないんですけど、今度よかったら…」


そうは言ったものの、途中で真衣は売れないような代物を食べさせるのは却って失礼ではないかという考えが出てきて黙ってしまう。



しかし、紫原の目は輝きに満ちていた。



「…いいの?」



嬉しそうにしてくれたのが嬉しくて、真衣は今度は激しく頷く。


「はい!量が多いからいつもは捨てちゃうんですけど、食べてくれる人がいるならそっちの方がずっと嬉しいです!」



「…ありがとう、楽しみにしてる。」


紫原はまた来るね、と微笑んで店を出た。





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