戦国KISEKI


□第壱話
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―嶋原―



「…はぁ…」



大きな溜息を吐きながら娘は賽子を振った。


2つの賽子の目はどちらも6で、双六の駒は楽々と終点に辿り着く。



「勝ちながら溜息を吐くなんて、おかしな人ですね。」


目の前に対峙していた小柄で色素の薄い髪をした男は、眉を下げて笑った。


「だってこれで私の50戦50勝0敗…というか黒子、あなた勝つ気あるの?」



黒子、と呼ばれたその男は、心外だと言わんばかりに口を尖らせる。


「僕はいつだって勝つ気満々ですよ。でも、真麻さんの賽子運の強さにはいくら気持ちがあっても適わないようです……流石、遊女の最高位・太夫として入廓されただけありますね。」



そう、この真麻という娘は、この嶋原の地で芸を学び、門下を卒業すると共に嶋原太夫として遊廓に連れてこられたのだ。



しかし、花街の中で最も格の高い京で芸妓になる事を目指す娘は多い中、遊女になる事を望んでいなかった真麻にとっては太夫という称号など、別段嬉しい物でもなかった。



「好きでなった訳じゃないもの。全く…私がちょっと可愛くてちょっとお利口でちょっと楽器や歌が上手でちょっと勝負運がいいからって…」


「僕は最後の所しか言ってませんが。」


きっぱりとそう言う黒子に冷たい一瞥を食らわせ、真麻は立ち上がって窓の外を眺めた。




「…こんなにツいてるのに…何でこんな所にいるのかしら…」



ポツリと呟かれたその言葉はまるで流れぬ涙のようである。




しかし、真麻はすぐ調子を取り戻して黒子を振り返った。



「大体太夫って1番優れた遊女なんでしょ?なのに何でまだ1人も指名がないの?」



「お客をとりたいんですか?」



「そういう訳ではないけど…退屈じゃない……黒子は双六弱いし。」


ジトッと睨み付けられて黒子は苦笑する。


「無茶を言わないでくださいよ。僕の本職はあなたの監視なんですから。」



「…そうだったわね。」


真麻は諦めたように溜息を吐くと、夜も更け賑わい始めた外の様子に再び目を向けた。



「ここからは嶋原の花街が一望出来るから、よく眺めてるの…みんな稽古の時はどんなに難しい顔をしていても、お客さんと歩いてる時はすごく楽しそうで……そう、まるで毎日恋をしてるみたい。」



「恋、ですか…確かにここは毎日が出会いの連続ですからね。でも、どんなに素敵な方と出会っても夜明けと共に別れはやって来る…花街とはそんな所です。」



「分かってる…それでも、偽物でもいいから私も1度は恋がしてみたい……」


愛しげに外を見つめる真麻に、黒子は流石に同情を覚えた。



「…太夫を相手にするには高額の費用が必要なんです。だからお客さんが来る事は滅多にありません。それに、太夫は他の遊女と違い外を歩かせてもらえるという事はまずないと思います。」



「…そっか。」


真麻は残念そうに目を伏せる。



「だから僕にはあなたを逃がしてあげる事は出来ません。でも…」


「?」



「あなたを逃がしてくれる誰かが現れたら…その時は見逃してあげます。」



黒子が微笑んでそう言うと、真麻も笑った。


「…じゃあ、まずはお客さんが必要ね。」


「適役の方がいますよ。」


「えっ…?」



「内密にとの事なんですが…近々、将軍様が嶋原にいらっしゃるそうです。」



それを聞いた真麻は目を丸くした。


「将軍様…って、江戸にいるんでしょう?」


「何の御戯れか、突然京に上がってこられるとの事で…お陰で内部は混乱状態です。」


「将軍様が来たら困るの?」



その問いに、黒子は気まずそうにしながらも頷いた。


「嶋原は京の遊廓…つまりここの遊女は皆、お公家さんの女も同然です。それを将軍様に差し出すのは、簡単に言えば公家への裏切り行為…だからと言って今の世で絶対の権力を持つ将軍様に逆らう事は出来ませんし…」


「へぇ…経営側も大変なのね…」


黒子に同情の目を向けながら、真麻はまるで他人事のような気分でいる。



「だから、恐らく真麻さんが将軍様のお相手をする事になると思います。」



しかし、黒子のこの一言で一瞬にして表情が消えた。




「…え、」



「将軍などの上流階級の方のお相手は太夫がするものなんですよ。それに、真麻さんにはまだお客がいないでしょう。」


「う、うるさい。」


「誰の物にもなっていないから差し出しても裏切りにはならない、将軍様に対しても失礼じゃない…これ程好条件な人はいません。」


「…じゃあ…私の初めてのお客さんは…」



「恐らく、将軍様になるかと。」




真麻は、とりあえず首を振りまくった。



「むっ…無理無理無理!!だって私、ここに来てまだ黒子としか喋ってないのよ!?」


「大丈夫です。」


「将軍様よ!?下手したら切腹よ!?」


「大丈夫です。」


「…何か適当に言ってない?」


「…はい、すいません。」



「もう…人の気も知らないで…」


ツン、と外方を向く真麻の肩を掴み、黒子は今まで以上に真剣な顔付きで言った。



「そんな低次元の心配をしてる場合ですか。将軍様の御眼鏡に適えば、身請してもらってここから出られるかもしれないんですよ?」


「あっ…」


真麻もハッと目を見開く。



「勿論ちゃんとサポートします。僕は今から将軍様の情報を集めますから真麻さんは当日今まで培った物を駆使して、必ずや将軍様を満足させてください。」



「う、うん…分かった…!」





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