戦国KISEKI


□第壱話
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―江戸城―



スパン、と御座之間の襖を開いてつかつかと1人の男が入ってくる。



「…もう!征ちゃんったら、またこの部屋に籠もって本読んでたのね!?」



江戸幕府側用人、実渕玲央である。


彼が腰に手を当てそう言うと、山積みの書物に囲まれて眠っていた赤い頭がむくっと起き上がった。



「ん……もう朝なのか?」



赤司征十郎…彼こそがこの城の城主、つまり江戸幕府の現役将軍である。



「そうよ。朝餉を運んだのにあなたがいないから侍女がまた気絶しちゃったじゃない。」


「じゃあこれからは毎朝この部屋に運ぶよう言っておけ。」


「ダーメ。ちゃんとお布団で寝ないと疲れは取れないんだから。最近は大奥にもめっきり顔を見せていないようだし…皆、征ちゃんと会えなくて寂しがってるわよ?」


「あそこは息苦しいから嫌いだ。それより…その呼び方は止めろともう何度も言っているだろう。」


「はいはい。失礼しました、将軍様。」


皮肉っぽくそう言う実渕に赤司は顔を顰めて呟く。



「…将軍と呼ばれるのも気に入らない。」



「我儘ねぇ…」


ふぅ、と溜息を吐きつつ実渕は赤司に視線を合わせた。



「あのね、征ちゃん。政のお勉強をするのは確かに大切な事だけど、将軍としての務めは他にもたくさんあるのよ?」



「分かっているさ。ここ最近は公家が政権を奪還しようと動き出していると言うし…最悪武力を駆使してでも僕の代で奴らを黙らせてやる。」


赤司はそう言って再び書物に目を落とすが、実渕の手により閉じられる。



「そうじゃなくて。世継ぎの事も少しは考えなさいって言ってるの。」



「…それも分かっている。」


口ではそう答えながらも、赤司は気まずそうに目を逸らした。


「今すぐに正室を選べって訳じゃないのよ。むしろ征ちゃんは遊ばな過ぎ。」



「政が楽しくて仕方ないんだよ。国の未来を見据えて後世のための布石を打つ…本当に、楽しくて堪らない。」



嬉々として話す赤司の表情に実渕は最早呆れ返っていた。



「…結局は将棋ばかりしてた小さい頃と何も変わんないのね。」


「そうかもしれないな。」



(…まぁ、それでも今は幕府始まって以来の好景気で治安も安定してる…誰も彼に文句は言えないわ。)


実渕が心の中でそんな事を思っていると突如赤司が何か思い付いたように目を見開いた。


「…玲央、」


「?」



「今日は少し気分がいい。お前の言う通り、遊びに行ってみる事にするよ。」



側用人として、赤司の色恋に無関心な所にはいつも手を焼いていたので実渕はパッと顔を輝かせる。


「本当?じゃあ今晩は吉原を貸し切って…」



しかし、赤司は手を前に出して拒否した。



「いや、吉原の女はどうも苦手だ。だから……そうだな、今から3日かけて嶋原に行くというのはどうだろう。」



これには、今度は実渕が首を振る番である。


「嶋原って…京の!?ダメよ、あそこの女はほとんど公家のお手付きばかり…将軍が手を出したなんて知れたらどうなる事か…」



江戸に入り、幕府が政権を取るようになってから朝廷との関係が緊張状態にあるのは事実だった。



また、赤司がそれを知らない筈もなく。




「…さぁ、どうなるだろうな?」



そう言って笑みを浮かべる彼の瞳には野心が見え隠れしていた。



「征ちゃん、あなたまさか…」





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