戦国KISEKI
□第壱話
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「いらっしゃいませー!」
城下町の中でも一際賑わいを見せる商店街の一角で、真衣は今日も働いていた。
「真衣ちゃんは偉いねぇ。毎日休まずお家のお手伝いして…」
常連客が感心そうに呟くと、真衣はニコニコしながらそっちに振り返る。
「そりゃあ、私も将来はこの団子屋を継ぐ身ですから!」
そう、彼女の家は室町時代初期から続く老舗団子屋で、真衣も幼い頃から父の姿に憧れて跡を継ぐ気満々だった。
それを聞いた常連客達は和やかに笑う。
「はは、それは安心だ。ここは江戸でも1番の団子屋だからそう簡単に潰れてもらっちゃ困る。」
「でも、真衣ちゃんはべっぴんさんだから、いい所へお嫁に行けるんじゃないかねぇ…」
「えぇっ!私はお嫁になんて行きませんよ!今はまだ見学させてもくれないけど…いつか1人前の団子職人になってこの店を日本一にするんです!」
ぐっ、と拳を握り締めて真衣がそう言うと、店内に歓声が沸き起こった。
「真衣ちゃん、あんたは子の鏡だ!!」
「よっ、城下町の星!!」
「ほ、星?えへへ…そうかな……、痛っ!」
大人達に煽てられて真衣が少し照れ臭そうにしていると、店にいた刀を腰に提げた2人組にぶつかられる。
「…大丈夫かい?奴ら最近この辺で偉そうにしてる浪士だ。」
心配そうに庇う客の1人がそう言うと真衣は彼らの後ろ姿をムスッと睨んだ。
そして、大変な事に気が付く。
「…あぁっ!あの人達お代払ってない!!」
2人が店を出る前に真衣は走っていき、彼らの着物の袖を引いた。
「ちょっと!食い逃げは許さないわよ!!」
「「…あ?」」
流石、この辺りで好き勝手やっているというだけあって、2人の浪士はかなりの強面をしている。
しかし、真衣は臆する事なくきっぱりと言い放った。
「うちはどんなお得意様にもちゃんとお金を払ってお茶してもらってるの!あなた達だけ特別扱いする訳にはいかないわ!」
「たかが団子屋の娘が偉そうに…女は黙って引っ込んでろ!」
「なっ…店で食事をしてお金を払わずに帰るなんていけない事でしょう!?おかしいのはあなた達なのに何で私が引っ込むのよ!!」
「うるせーな!ぶった斬るぞ!!」
一歩も譲らない真衣にそう怒鳴った浪士は、まるで脅すかのようにカチャカチャと刀の鍔を鳴らす。
「!そ、そんな事をしたらあなた達も死罪になるわよ!今の将軍様になって刑法はかなり厳しくなったんだから!」
「はっ、そんなもん証拠がなきゃ同じだろ。大体、こんな古くせぇ団子屋の娘を消しても将軍様は怒らねーだろうよ!!」
「……古臭い……?」
その言葉で完全にキレた真衣は手元にあった熱々のお茶を彼らにぶっかけた。
「熱ッ!!」
「うちは室町時代から将軍家に献上していた由緒ある老舗よ!それなのに…よくも古臭いだなんて言ってくれたわね!!」
「…っ…このガキ…!!」
頭に血の上った浪士は刀を引き抜く。
「!」
流石の真衣も咄嗟に目を閉じた、その時。
「…うっ!?」
今にも斬り掛かろうとしていた浪士が呻き声をあげて倒れ込む。
真衣には彼の首に刺さっているのが自分の家の団子の串である事はすぐに分かった。
「なっ…!?」
串が飛んできた方向をもう片方の浪士が振り返ると、隅の方にいた1人の男がゆっくりと歩いてくる。
「…あーやだやだ。せっかく江戸に来てお茶してたのに台無し…マジ気分悪ぃんだけど…どーしてくれんの。」
気だるそうな呟きと共に店の真ん中まで姿を現したその男は、やってきてみると店の天井に頭が付きそうな程の大男だった。
「な、何だてめぇは!」
完全に圧倒されながらも仲間をやられた恨みで浪士は噛み付くように言う。
しかし、それとは対称的に男は冷めた表情をしていた。
「…どーだっていいじゃん、そんな事。」
「くそっ、どいつもこいつもナメやがって…纏めて斬り刻んでやる!!」
「は?もー、止めときなって…」
そう呟いて男は今食べ終えたばかりの串達を刀を抜こうとする浪士に向けて投げる。
「っ、う!?」
それらは今度も真っ直ぐ飛んでいき、浪士の腕と膝に刺さって動きを封じた。
「こんなに美味しいお団子、タダで食べようとか思っちゃダメだよ。あ、ついでにオレの分も払っとくからね。」
そう言いながら、男は浪士の胸元から財布を取り上げて2人と自分の分の代金を払う。
「ふ、ふざけんなぁッ…!!」
浪士達は拳を固めながらも事態を見過ごす事しか出来なかった。
「あと、お持ち帰りで6つ程頂戴。」
「えっ……あ、はい!」
この鮮やかな一連の流れにポカンとしていた真衣は、ハッとなってすぐに注文を奥にいる父に伝えにいく。
「こいつらは適当に始末しとくからもう心配いらないよ。」
丁寧に包装された団子を真衣から受け取り、その男は浪士達の首根っこを掴んで持ち上げた。
「…あの…あなたは…?」
「お団子美味しかった、ご馳走様。赤ちんもきっと気に入ると思う。」
不思議そうに自分を見上げる真衣に微笑んでそれだけ言うと、彼は踵を返して歩きだす。
「赤、ちん…?」
「またね。」
「あっ…」
再び気付いた頃には彼はもう数メートル先を歩いていた。
(紫色の髪なんて…珍しいなぁ…)
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