戦国KISEKI


□第肆話
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―城下町―



「あっ…紫原さん!」



夕方、店の前を掃除していた真衣は人波の中でもすぐ分かる紫色の頭を見つけて手を振った。



「何か久し振りだね。」


紫原は元々ここが目的地だったらしく、そう言いながら店の中に入る。


「確かに…あっ、そう言えばさっき将軍様が1人でいらっしゃったんですよ!私、初めてお目にかかったから緊張しちゃって…」


「…赤ちんが?」


紫原は目を丸くするが赤司が今日は出掛けると言っていたのを思い出してすぐ納得した。



「はい。でも本当に私と同じくらいの方で、しかもあんなに綺麗なお顔をされてるとは…まさに天から二物も三物も与えられた方って感じですね…」



驚きを通り越して感動しているような真衣の表情に、紫原は急に心の奥にもやっとした物を感じる。



「んー…まぁ、赤ちんはイケメンだよねー…(教えるんじゃなかったかな……)」



「今日はこちらで食べていかれますか?」


そんな彼の些細な変化に気付かず真衣がそう聞くと、紫原はハッとしてその気持ちに目を逸らすかのようにこくこくと頷いた。


すると真衣は近くの座敷に案内して、すぐにお持ちしますね、と言っていつも通り厨房に向かう。




(…真衣ちん、恋人とかいるのかな……)



後ろ姿を目で追いながら、紫原がそんな事を考えていると。




「お侍さん、真衣ちゃんの恋人かい?」



「は?」



彼はいつの間にか常連客達に周りを囲まれていた。



「いや〜、あの子もやっと恋心に目覚めたと思うと感慨深いねぇ…」


1人がしみじみとそう言うと他の人々も腕を組んで頷く。


「あの、違……」


「ずっと店の事ばっかり考えてて、お嫁には行きません!とか言ってた時はもうハラハラしたよ。」


「そうそう。このご時世でお嫁に行かない女なんて後々困るに決まってる。」


聞く耳を持たない彼らに若干苛立ちつつも、それには紫原も反応せざるを得なかった。


「えっ…でも、真衣ちんは団子屋継ぎたいんじゃ…」


「そこの所は親父さんの考え次第だな。もう16ともなればそのうち見合いでもしてサッとお嫁に行っちゃうかもしれないし。」



「……ふーん……」



真衣がいつ嫁に行ってしまうか分からないという事に無意識に焦りを感じると共に紫原は女だからという理由だけで将来を狭められてしまう彼女に同情心が募る。



「…ま、お侍さんがいるからそれはないか!大事にしてやってくれよ!!」


そう言ってポン、と肩を叩かれた事で紫原は我に返った。



「え、」



そこにお茶と団子の載った盆を持った真衣が慌ててやってくる。


「ちょっ、勝手に何言ってるんですか!紫原さんは私の恋人じゃないですから、そんな事言って困らせないでください!」


「何だ、違うのか。」


「…でも、なかなかお似合いだと思「もう、しつこいですよ!」



追い払われるようにして客達は渋々と元いた席に戻っていく。



「…すいません…心に決めた人がおられるのでしたら何とお詫びしていいか……」


机にお茶を置きながら申し訳なさそうに言う真衣に紫原は少し気まずそうに笑いながらも首を振った。


「大丈夫、いないから気にしないで。」


「そうですか…よかった……」


「えっ、」


真衣が溜息を吐いてそう言った直後、紫原は素っ頓狂な声をあげる。



「…え?」



「…う、ううん……何でもない…」



“よかった”という言葉に微かな期待を抱いた紫原だが、真衣がきょとんとしているのを見て、今のは単純に“揉め事に発展しなくてよかった”という意だったという事を悟り、一瞬でも勘違いしてしまった自分を恥じた。



少し頬を染めて外方を向く彼に、真衣は自分が今言った言葉がよく考えるとそういう意味にもとれるという事に気付く。


そして何だか無性に恥ずかしくなりながらも実際心のどこかでホッとしている自分がいる事は、とっくに認識していた。



「…えっと、その……はい…さっきは本気でちょっと、安心しちゃいました…」


「!」


俯きながらそう言うと、紫原はさっきよりもさらに赤くなる。



「そ、それにしたってみんなお節介過ぎますよね!ほんと、困っちゃう…」


話を逸らすかのように無理矢理明るい口調で真衣が話すので、紫原も自然とつられた。


「で、でも、それだけみんな真衣ちんが好きなんだよ…」


しかしそう言った瞬間今度は真衣の肩が跳ね上がる。


「えっ!」



「え?」



「あ、いや…何でもないです……ははっ…」



さっきと真逆の立場になって、紫原は彼女が自分の言った“好き”に反応したという事は容易に分かった。



知らないふりをして流す事も出来たが、応えたいという気持ちの方が大きかった。




「…あー、うん……オレも、結構…ってか、かなり……」



しかし、好き、というその一言は次の瞬間、耳を劈く女の悲鳴によって掻き消される。



「な、何…!?」


外を見に行こうとする真衣を腕で制し、紫原はガタンと立ち上がった。


「ごめん、お代今度払う。絶対に出て来ちゃダメだよ。」


そう言い残すと、彼は声のした方へ一目散に走っていく。


「あっ…紫原さん!?」


真衣は釘を刺された事もあって、店の出口の所までで足を止めた。



「…前もああやって助けてくれた…お侍さんってのは、本当に勇敢だねぇ…」


常連客の1人が真衣の隣に来て言う。



(…命の保障もないのに…どうしてあんなに迷いなく飛び込んで行けるの……?)



店の中からは様子は見えないものの、その後数人の男の呻き声が城下町に響き渡った。



真衣は、それが紫原のものでない事を必死に祈った。










騒ぎを起こしていたのは素性がばれた倒幕派の連中で、幕府に仕える紫原には彼らを始末する義務があった。



「…はー、最悪……汚れちゃったし……」



野次馬も消えて1人きりとなった路地で刀をしまって血に濡れた着物の袖で血の付いた頬を拭い、溜息を吐く。



そして、今まさに自分が手に掛けたばかりの死体を複雑そうな面持ちで見つめた。




(あんなに綺麗な子と話した後だったのに、な……)



働く彼女の手を思い出しながら眺めた自分の掌には、返り血が斑点模様のようにまとわり付いている。




(こんなオレを見たら、あの子はどんな顔をするんだろう……)




真衣に店から出ないように言ったのは安全のためももちろんあったが、何より彼は、人を斬る自分の姿を見られるのが怖かった。





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