戦国KISEKI


□第参話
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―京都―



将軍の京での宿所となる、二条城の北に隣接した場所に、京都所司代の役所が設けられていた。


京都所司代とは、京都の治安維持から朝廷の監察まで西日本におけるあらゆる仕事を幕府から任されている重要な官職である。



そして現在、緑間真太郎という赤司の旧友がその職に就いていた。




「高尾、」



大きな屋敷の誰もいない部屋で緑間が天井に向かって呼び掛ける。



これは決して奇行などではなく、実際上には人がいるのだ。




「英倫子、行こうぜ。」


屋根裏で緑間の声を聞いた高尾は、隣にいた女に声をかける。



彼らは緑間家に仕える忍で、その中でも最も優秀な2人だった。



「…私は呼ばれていない。」


下に降りようとする高尾に対して、英倫子と呼ばれたその女は膝を抱えて俯く。



「オレ1人で行ったらどうせ『何故英倫子も連れてこない。』って怒られんだよ。だからほら、早く行こーぜ。」


「主に来いと言われない限り私は行かない。主は私を信用していないから、言えない事があっても不思議はないし…」


「んな訳ねーだろ?何年一緒に仕事してると思ってんだよ。」


「…だって主はいつも肝心な所で私に退けと仰る…私が忍として劣っているから……」



あまりに悲観的な英倫子に高尾は思わず苦笑した。



(いや…それは英倫子が危険な目に遭わないようにしてんだけど……こりゃ言っても無駄だろーな…)



「高尾、早くしろ。」


緑間に急かされ、高尾は言い聞かせるように英倫子に視線を送る。



「…部屋に戻ってる、何かあれば呼んで。」


しかし、そう言うと英倫子はサッとその場を立ち去った。



仕方なく高尾は1人で広間に飛び降りる。



緑間は彼を見るなり眉間に皺を寄せた。


「…何故英倫子も連れてこないのだよ。お前を呼ぶという事は忍であるお前達2人に用があるに決まっているだろう。」


「(やっぱり言われたし…)じゃあ、始めから英倫子も呼べばいーだろ?毎回部屋往復するオレの身にもなれっての…」


フン、と鼻を鳴らす緑間に呆れたような視線を向けて高尾は英倫子の部屋へ向かう。



「英倫子、お前も来いってさ。」



「!分かった…」


バッと顔を上げる英倫子の顔は輝いていた。



(どいつもこいつも素直じゃねーな…)










「…もう耳に入っているかもしれないが………また、赤司がやらかしたのだよ……」



早速本題に入った緑間は、怒りを堪えているのか肩を震わせていた。



「またかよ…毎度毎度やってくれるよなー、征ちゃんは。」


高尾はくだけた様子で頭の後ろで手を組む。



主従関係にあるとはいえ、物心付いた時から一緒にいたため高尾は敬語は使わず、緑間もそれを許していた。


しかし、礼儀を重んじる性格の英倫子は同じだけの年月を共に過ごしてきたにも関わらず今だに緑間の名前すら口にしない。



「高尾、将軍様をそんな風に呼ぶなんて良くない。」


「御前でも何でもないんだからいーんだよ。ホント、英倫子は頭が固い………ん?」



「…………。」



茶化すように言いながら高尾が横を向くと、英倫子は怒りに満ちた表情をしている。



次の瞬間には高尾は縄で身動きを封じられていた。



(コレのどこが忍として劣ってるんだよ!!マジで敵とかじゃなくてよかった…)


無言で英倫子を睨みながら高尾は心の底からそう思う。



緑間は高尾を助けようとはせずに、そのまま後ろから書類の束を出してきて話を続けた。



「これが、赤司のお陰で朝廷からうちに寄せられた意見書だ。」



「うげっ!こんなに!?何したんだよ…」


「春に入廓したばかりの嶋原太夫を殺した、もしくは江戸に連れ帰ったって話だけど。」


英倫子が説明すると高尾は「マジ!?」と身を乗り出す。


「征ちゃんやるなー。太夫なんて、真ちゃんだったらお目にかかれるかどうかも…」


そしてちらりと視線を向けると緑間は不愉快そうに眉を上げた。


「俺はそんな女に興味はないのだよ。だが…これ程の鬱憤が溜まった朝廷の奴らが決起を起こす可能性は十分だ。そこで、お前達には朝廷に潜入して幕府の事について何か話していないか調査してもらいたい。」


「承知しました。」


英倫子が特に表情も変えず頷く横で、高尾は拘束されているという事を忘れそうな明るい笑みを浮かべる。


「朝廷に潜るとか久々だなー。あそこたまに可愛い子いるから結構行くの好きだ。」


「高尾、真面目にやってよ。」


「分かってる分かってる。」





2人を下がらせた後、緑間はもう一度書類に目を通しながら考え込んだ。



(だが妙なのだよ…意見書を送ってくるのは総じて朝廷の中では然程身分の高くない者達ばかり…たかが女1人の事とはいえ、これ程挑発じみた真似に天皇や東宮は、本当に何も思っていないのか…?)




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