戦国KISEKI


□第弐話
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「な、何叫んでるんスか春奈っち!!」



その頃、城門の前では1テンポ遅れて黄瀬が今の大声の主である春奈の口を塞いでいた。



しかし春奈は「離して。」と肘鉄で一蹴する。



「どこが間違ってるの?道場破りみたいな物でしょ?」


「違う!!道場破り違う!!」



すでに好戦的な表情をしている春奈に黄瀬が悲鳴をあげていると、そこに降りてきた赤司と紫原が門を開いて登場した。




「あららー?2人だったみたいだね。」



そう言って黄瀬と春奈を見下ろす紫原の驚く程に高い身長と恐れを知らなそうな表情に、2人は完全に勘違いしてしまう。



「!この方が、将軍様…!?」


「で、でかい…」



紫原程ではなくとも高身長な黄瀬はもちろん春奈においても最早赤司は眼中になかった。



「え、オレ将軍じゃねーし。将軍様は……」


「僕だ。」


紫原が紹介する前に赤司が歩み出て言う。



「「えぇっ!?」」



反射的に仰け反ってしまった2人がその直後地面に頭が埋まりそうな程の土下座をしたのは言わずもがなである。




「…………。」



謝罪と命乞いを交互に聞かされた後、赤司は2人を再び立たせてじっと見つめる。



この時、黒目に白い輪が浮かび上がっていた赤司の瞳には、現時点での彼らの身体能力と適正、さらにはこれから鍛えた場合の未来の姿などが事細かに映し出されていた。



(え、何…もう審査始まってんスか?)


黄瀬がそわそわしているうちにいつの間にか赤司は2人から視線を離して、何か考え込むような表情をする。



そして数秒の沈黙の後、春奈に問い掛けた。



「お前も、歩兵隊の志願者なのか。」



春奈は凛とした顔付きで頷く。


「はい!必ずや将軍様の、そして国のお役に立ってみせます!」



その顔を見た赤司は自分自身も決意を固めたような眼差しで2人を見据えた。



「そうか…ならば2人共合格だ。腕は申し分ないらしいからな。しかし……」


そこで言葉を切って赤司は黄瀬に歩み寄る。



そして次の瞬間、無表情で黄瀬の肩を押して転ばせた。



「ぅおわっ!?」


「涼太!!」


痛みより驚きが勝って瞬きを繰り返す黄瀬に赤司は冷たく言い放った。



「お前……頭が高いぞ。」



「す、すんません………?」


何が起こったのか分からないままとりあえず謝る黄瀬には目もくれず、赤司はスタスタと城内に戻っていく。


その様子を眺めながら紫原が「あーあ、怒っちゃったよ…」と呟いて黄瀬の肩をポン、と叩いた。



「背が高いと気に入られるまで大変だから、頑張ってね。」



「そ、そんなぁ……」










「征ちゃん、どこ行ってたのよ!お茶持っていったのにいないから心配したじゃない!」



城に戻るなり団子と湯呑の乗った盆を抱えた実渕に見つかって叱られたが、赤司の耳には何も入ってこなかった。



「どうしてこう大男ばかり集まってくる…?城下町に出たら僕は至って平均的だぞ…あぁそうだ、今後身長が一定の高さを越えた者は足を切り落とすという決まりはどうだろう……うん、それがいいな。」


恐ろし過ぎる政策をうわごとのように延々と呟き続ける赤司に、慣れているらしく実渕はすぐに真相を見抜く。


「言ってた志願者の子、大きかったの?」


すると、赤司は悔しそうに顔を顰めながらも頷いた。


「あぁ、だが殺してしまうのは勿体ない程の身体能力をしている。それと一緒にいたあの娘…あまりの剣才に僕とした事が、女に兵となる事を許してしまった…」



それには流石の実渕も「えっ」と声をあげる。


「征ちゃんの能力主義は今に始まった事じゃないから驚かないけど…自ら兵になりたがるなんて、真麻といい今時の女子は変わってるわね。」


「…真麻のどこが変わってるんだ。」


赤司がきょとんとしていると、実渕はふふ、と笑って言った。



「さっき、感じの悪い大奥の女中達がすごい安物の着物を真麻に贈ったの。あんなの誰が見ても嫌がらせとしか思えないのにあの子、“こんなに軽い着物があるなんて、やっぱり江戸は最先端なんですね!”とか言って喜ぶのよ?しかも流石嶋原太夫、安物でも綺麗に着こなすもんだから、皆もう悔し泣き。」


最近彼女達嫌な感じだったからちょっと清々しちゃった、と実渕はご機嫌そうに言う。



「奴ら、真麻を連れてきた事に対して『どういうつもりだ』と口々に問い質してくるから僕も苛々していたんだ。しかし、いつまでもそんな安物を着せておく訳にはいかないな…今度着物を新調してやろう。」



そう言う赤司の瞳はキラキラと光っていて、実渕には彼の言わんとする事が分かっていたが、それでも許す訳にはいかなかった。



「町へ行くのはダメよ。真麻を連れて行くとしても征ちゃんはお留守番。将軍が女連れて町で買い物なんて、目立って仕方ないわ。」



そう言われた赤司は顔を曇らせて俯いた。



「…女に惚れたって、2人で出掛ける事さえ適わないじゃないか。」



「え?」



「何が正室だ、何が世継だ……そんなもの、普通の生活が出来ていたら、恋をして、夫婦となって、当たり前に手に入るじゃないか。なのに皆、僕には選択肢を削れるだけ削って押し付けてくる…どれだけ多くの人間に頭を下げられようと、こんなにも不自由な身分があるか?」



「…征ちゃん?何言って…」




「真麻を連れ帰ってから、余計にこの地位が煩わしくなった……もう将軍なんて、辞めてしまいたい…」




この言葉だけははっきりと聞こえ、気付けば実渕は思わず声をあげていた。



「なっ…馬鹿な事言わないで!!大体、将軍じゃなかったら真麻だって付いてこなかったわよ!」



「!」


赤司は予期せず怒鳴られた驚きとショックで目を大きく見開く。



実渕は言ってすぐハッとなり、自分の言葉があまりに残酷だった事を悟って青ざめた。


「あ……ごめんなさい、私っ…」



「…何故謝る。お前の言っている事は何一つ間違っていない。」



それは傍から見ればいつもの赤司だったが、毎日一緒にいる実渕には彼が傷付いているという事実に気付かない筈がなかった。



「…征ちゃん……、」



「…盆を貸してくれ、敦の所に行ってくる。それから呉服屋を呼んで真麻に反物を選んでやってくれるか。」



赤司は静かにそう言って、実渕の手にあった盆を持っていく。



実渕は、しばらくその場に立ち尽くす事しか出来なかった。





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