銃弾レディ

□銃弾が如くのレディ
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銃弾が如くのレディ


夢魔が統べるクローバーの塔にいる役持ちは蜥蜴の他にジャバウォックこと、クリア=リングマークがいるの。

トカゲとリングマークで、私が初めてグレイと会ったときは「いい皮が取れそう」とか思ったけど、クリアと会ったときはまた違っていた。
二つ名を聞けば、彼女はジャバウォックだという。あの物語に出てくる化け物が彼女の姿だという。

「こんにちは、アリス様。いつもナイトメア様と兄とナイトメア様がお世話になってます」

「今、二回言ったぞ。......な、なんだ!その、兄の二倍お世話になってるからっていうのは態々心を見せて......」

「私がいない間のナイトメア様の武勇伝もとい、観察内容はお兄ちゃんと職員の皆様から聞いています」

会合前にナイトメアに頭の中で呼ばれたからと来てみれば、そこにはグレイと少し似た女の人。
男の人が着るスーツと......背中に背負った狙撃銃がなければまともな人だと思った。彼女の兄であるグレイも、短剣を見えるところにそうびしているがまともな人に入るし......きっと。

「今日こそは薬を飲んでいただきますからね。私がいない間、お兄ちゃんが飲ませ損ねてた分も含めて。......」

「げ......」

私がいることも忘れたように、クリアがグレイがいつもするようにナイトメアを叱っていると突然止まった。

ふっ、と表情が消えて、それから直ぐに目が醒めるような満面の笑みを浮かべる。
ナイトメアは、というとあーあ、と落ち込んでいた。

「エース様!!」

私の滞在先での同居人の名前を叫ぶや否や、ナイトメアをそっちのけにドアまで直進して行った。エースはこの部屋にはいない、のに。

何となく、notまともな雰囲気を感じとりナイトメアを見れば

「発作だ......」

と、吐血していた。

あんたも発作起こしてるんでしょ。

出ていったときの力の反動で、ドアがひとりでに閉まる。それから廊下で声と銃と剣の音が......。

「......気になるのはわかるが、もう少し収まった後がいいぞ」




あ、来た。

そう思った瞬間には胸は高鳴り、心は躍り、笑顔が溢れていた。
背中の銃を構えて、部屋を飛び出せばそこにはまた、迷ってしまっただろうエース様がいた。

愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、愛しい、エース様がそこにいた。
ハートの騎士様。引っ越しで再び巡り会うことが出来た私の愛するエース様。

「エース様、やっとお会いできました!愛しています」

嬉しさの余り、発泡してしまった。
でも、エース様は他の呼び動作もなく。私が操って蜂のように飛び回る一つの銃弾を斬ってしまった。

それこそ、エース様!

「ははは!久し振りだね、クリア。もしかして、髪を切った?」

「いいえ、エース様。でも、エース様が髪が短い子がお好みでしたら、今すぐ切ってきます」

「そのまま、世を捨てて帰ってこなくていいぜ。おめでとう、化け物さん。物語みたいに神にすがり付いてみなよ」

「大丈夫です。エース様のあげるためなら、神に捧げるべき貞潔もエース様に......きゃっ」

「......」

一度に一発しか操れない銃弾を出す度に、エース様は的確に銃弾を壊して、更には私との間合いも詰めてくる。
さすが、エース様。愛しい人はとても強い。

......冷たい赤い瞳で見詰められてくると、背中がぞくぞくして、もっと見ていたいと思う反面、時計が軋んでしまう。

私の錆び付いた時計も、ジャバウォックに錆び付かされたこれも、きっとエース様の前なら砕けてしまう。
そうよ、きっと!

うっとりと、愛の攻撃を与えながら考えていると接近戦になってしまった。

長銃で振ってきた避けられない剣撃を受け止めようとしたら、別の人間が私を押し退けて間に入ってきた。

......邪魔しないでよ、お兄ちゃん

「やあ、トカゲさん。
あははは、そうやって殺すの邪魔しに来るなら始めっから妹さんを止めてよ。俺、アリスみたいに心広くないから――――」

「エース様、愛してます。心から誰よりも、お兄ちゃんよりも、愛されるべき余所者のアリス様よりも愛してます。愛しくて、愛しくて、愛というカテゴリだけではもう、収まりがつかないくらい愛してます。
愛してます。殺してしまいたいくらい愛してます!」

「こういう熱烈な愛の告白は受け付けていないんだけど......そこら辺の刺客より質が悪よ。やれやれ」

「俺は止めに入っただけなのに、どうして更に攻撃が入るのかだけ気になる。妹は止めるから、やめろ」

私とエース様の愛の攻防戦に勝手に入ってきたくせに、お兄ちゃんはすごく、すごく不満そう。
そう思うなら変わってくれていいのに......全く。

「はははっ、ものはついで。旅は道ずれ。折角抜いたんだから、相手してよ」

私も銃じゃなくて、剣が得意だったらこうやって、愛し合えるのに。









「ちょっと!ストップ!ストップ!」









鶴の一声、とまではいかないけれどナイトメアといた執務室からアリスが出てきた。

「ナイトメアがまた吐血しちゃった。飛び交う殺気がなんちゃらってへたれた......ま、真っ当な理由で」

銃撃戦に慣れすぎたアリスの口がややすべった。アリスに支えられながら、よろよろとナイトメアが出てくる。ここへ来て、傍から感じる殺気になれすぎてしまったアリス。

「っ!?ナイトメア様!?
また、昼の時間帯の薬を飲まずに捨てましたね」

「うわっ」

エースをひときわ大きく、弾き飛ばすとナイトメアに駆け寄る。
ナイトメアはハンカチを血で汚しながら、呻く。

「......やれやれ、病人を世話するお母さんにはちょっかい出せないか」

「誰がお母さんだ」

気が削がれたのか、エースは解放するグレイの背中に向かって攻撃せずに、剣を鞘にしまった。
この世界の住人は良い意味でも悪い意味でも”情熱”がないのだろうか。こうやって、すぐに引くときは引いてしまう。

「私はまだまだいけますわ、エース様」

クリアは天井に向かって一発、撃ち放った。
銃弾は真っ直ぐ天井に穴を開けずに、物理法則を無視して銃弾が曲がった。
アリスは驚いた顔をするが、それと同時にエースは剣を抜かずに鞘で銃弾を弾いた。
反射神経は良かったのだが、抜くまでには間に合わない。

「あはは。ひどいな、妹さん」

「愛情表現です、エース様。
愛してます。大好きです。お慕いしております。心を捧げています。大好き、好き。愛してます。大好きです。ねえ、エース様、愛してます」

「君の愛って虫唾が走るぜ。ときめくよりも、寒気を感じるからすごいよなあ」



……。








むすっとした顔でクリアはテーブルに座らされている。
結局、アリスが再び止めても銃撃をクリアはやめずに、エースも剣を抜いてしまったためナイトメアが強制的に塔の外へはじき出した。
吐血しても、領主は領主であった。

「折角、エース様に会えたのに」

「そう私を恨むな。うう、胃が痛い。きりきりする。
グレイー。こんな時は温かいココアが飲みたい。殺気を浴びたときには甘いものがいいというだろ」

「はいはい。作ってきますから、ここで安静にしてください。
クリア、見張ってろ」

「はーい」

頬杖をついて、出ていく兄をひらひらと手を振って見送る。

「てっきり私はエースを追いかけていくと思ったんだがな」

「意地悪いですね、ナイトメア様」

ナイトメアが夢魔らしい振る舞いをみせて、更には煙草を出そうとした。しかし、クリアがテーブルに立てかけてあった銃を薬室に装填させる音をさせたので、やめた。

「貴方がルールを用意したのでしょう?
”ジャバウォックは塔の外には出れない”って。私の銃弾は何処までも、何処までも行けたのに今は何処にも行けないです。
だから、アリス様のようにエース様を追いかけられないんです。羨ましいです」


『クローバーの塔の領主として命ずる。ジャバウォックも銃弾もこの塔から出れない』


クリアの二つ名は異例なことに二つ持っている。一つは”ジャバウォック”というもの。物語に出てくる恐怖の怪物である。
もう一つは”銃弾”。銃弾を意のままに操れる才能があったクリア。

「愛しいエース様。私はあの人を殺したいです」

とても、とても、悲しそうにクリアは言うのだった。

「それがルール。ジャバウォックのルール。
愛しくて、殺したい」





……。






気になって、ナイトメアが飛ばしたエースの場所から……反対側を探してみると案の定、というよりか悲しいことにエースが森の中へ向かっていく姿を見つけた。

「エース……」

ふつうはエースが飛ばされた場所を探すのよ。でも、エースだから、エースだから!反対側を探したんだけど、なんでいるのよ?

「やあ、アリス。さっきぶり」
「どこへ向かおうとしていたのよ」

「どこって……会合中だから、クローバーの塔の部屋に。はは、会合に参加しなくちゃいけないから」

「うん、わかったわ。
でも、塔は貴方の背後にあるのよ」

くいっと親指で後ろを指せば、エースは心底驚いたように声を上げた。

「あんな所にあったのか。灯台もと暗しって感じ?」

「随分と大きな盲点ですこと!」

森へわざわざ迷子に行こうとしているエースの服の裾を引っ張って、クローバーの塔へと向かう。
なんだかんだと文句が聞こえているが、無視して歩く。

「アリス、そっちじゃなくてこっちじゃない?」

「そっちは帽子屋屋敷」

「そもそも、俺は夢魔さんにクローバーの塔から出されたのに、入っていいのかな?」

「エースみたいな破滅的な迷子。誰もクリアを探しだせるとは思っていないわ」

「そりゃあないって。俺が妹さんを殺したいんじゃなくて、妹さんが俺を殺したいんだ」

「随分、ヤンデレな愛ね」

諦めたのか、エースは引きずられるのをやめて隣を歩きだす。
塔の近くの繁華街に入り、森の傍よりも人が多くなっている。

「ヤンデレ……うーん。病んでいるのは認めるけど、ルールだからさ。
俺たちがルールで撃ち合うように、彼女もルールに則っているだけ」

ルール、だから。そこには感情も持ち込まない。そう言っているように感じた。
この世界の住人はぶっ飛んでいる思考をしているのに、ルール、ルールと口にしてはそれに沿っている。

「ジャバウォックが俺を愛しているのも、殺したいのも、彼女は関係ないことさ。妹さん自身は俺のこと、なんとも思っていない」

いつか、エースがハートの国で「時計を回収する」理由を述べている時の淡々とした声だった。

(愛してる、愛してる、愛してる、愛している。そうやって囀るだけの銃弾)


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