銃弾レディ

□花束に、約束を
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 花束に、約束を


 その肢体にはどこにも傷などなく、クリアの体には注射針の跡はなかった。その粉を見れば理性などかなぐり捨てて、淫らに舌を伸ばして這わすというのに、醜さなどなかった。

 乳飲み子。と、ある時、誰かが言った。無くても生きることにこと欠くことがない。代用品があれば良い程度。でも、定期的にそれも代用品も接種しなくてはならない乳飲み子。ジャバウォック・ドラックに溺れたものは皆、乳飲み子。




 エースがやっとクリアに再会することが出来たのは、もう手遅れだった。薬を飲んだときは話がうまく噛み合わない。エースのことを騎士だと言って敵意を向けてくる。
 酒場でキャリアを積んだホワイトカラーのように、スーツを着こなして金貨と薬を乗せたテーブルを客と囲んでいたクリア。入ってきたエースを見るや否や銃を取り出して、エースにはなにやら訳の分からないことを言い出す。



「エース様。愛しています。これは何という悲劇でしょう。私がこんな役でなければ、貴方の胸に飛び込んでいたのにハートの騎士様。私はジャバウォックなので、貴方を殺したい。嗚呼。愛してます!そういえばアリス様は?」



 うっとり、とした顔をエースに向けてくる姿に、思わずぞくぞくとした。まるで情婦のような笑み。クリアが行方不明になる前にはあまり見られなかった顔だった。

 エースはこの時、アリスという人物を知らなかったし、騎士でもなかった。ビバルディ女王陛下に仕えているが、会ったことなど片手で数える程度。それも軍に所属しているエースがたまたま護衛に付いて遠くから見た程度。



「クリア、帰ろうか」



 そう言ってあげたけれど、家に連れて帰れる状態ではなかった。

 なんとかクリアの兄が勤めている病院の隔離病棟に入れることが出来たのだが、症状は別の方面で悪化していく。

 面会謝絶の札を無視して見に行ったクリア。ナイトメアなんて名前の医師は、ため息を付いてクリアに首を絞められていたエースを連れだした。



「グレイにも言ったが、あれは現実を認識していない。ずっと、夢の中にいるような状態だ。寝ても目覚めても、夢の中」



 鉄格子のはめられた窓に寄りかかり、童謡を歌う姿に少しだけ昔のクリアに戻ったみたいだった。虚ろな目をしていたけれど、穏やかな声色だったから不用意に近づいた。
 瞬間に夢から覚めて、また別に夢に。エースというハートの騎士と、クリアというジャバウォックに。

「・・・・・・俺は、待っててくれって言えば良かった?」

 大きな戦争があった。仲間は愛する人たちに必ず帰ると言っていた。帰ってその年のクリスマスを祝おう。大きなツリーを買って飾って、クリスマスキャンドルの灯火で眠ろう。・・・・・・でも、エースは約束なんて出来なかった。前線とベースの往復のヘリに搭乗。いつ撃墜されるかもしれない任を与えられた。・・・・・・皮肉なことに約束をした人間よりも約束が出来なかったエースが帰ってこれてしまった。
 帰ってきたときに、二人で借りたアパートは家賃滞納でグレイが引き払われていて、グレイもクリアの居所を見つけられてなかった。

 約束をしてくれなかったエースをクリアは待っていた。でも、不安な日々を過ごしていた。クリスマスを過ぎても戦況は良くはならず、ただ現地の映像が少しだけのニュースをテレビが映すだけ。

 そのうち、不安で心が歪んでしまったからおかしくなってしまったのだろう。
 愛するエースを自分が殺さなくてはならない、なんて。

「だって、お兄ちゃん。エース様は私しか殺せないわ。騎士だもの」

 その言葉に、少しだけクリアが望んだ願いが見えた気がした。

 



(やあ、ペーター=ホワイトさん。初めまして。俺はエース。君のばらまいたジャバウォック・ドラックで恋人が君の作りたかった非現実に役持ちにされた男さ。あははっ、その子がアリス?はははっ、アリスも俺のことハートの騎士だって認識してるんだ?
なあ、アリス。君が見たくなかった現実って何?それともペーターさんが見たくなかった現実なのかな・・・・・・ははは、まったく・・・・・・どうして、俺はーー出来なかったんだ)



 花束に、約束を添えられなかった



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