銃弾レディ

□第14章 宣誓フィナーレ
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クローバーの国の最後の会合の期間。これが終われば何が起こるかアリスには知らされていなかったし、ましてこの無意味に等しい会合でわかるとは期待をしてなかった。

「あー、あー。会合って面倒だよ〜」

「そう言っている割には今回はちゃんと来れたじゃない」

「だって、流石に塔の中にいれば十五時間帯ぐらいで来れるさ」

「・・・・・・その値自体がおかしいことは触れないべき?それとも会合が始める前からいたことに対して触れないべき?」

「あははは、聞きたい?」

「聞きたくない」

円卓に座って、見もしない書類の束をハートの陣営の騎士として受け取って、にやりとアリスにエースは笑いかける。グレイが居ようが朝の時間帯の公共の場だろうがエースは規制ぎりぎりの表現で事細かに説明するだろう。いつもはしないくせに、だ。




アリスがいつになったら会合の話し合いが始めるだろうと考えて、ナイトメアの方を見てみると案の定こそこそと内輪話になっているよう。ナイトメアの慌てていて、彼の両脇を固めて控えているリングマーク兄妹が書類を片手に呆れながら助言をしているのが見て取れる。
スーツを着こなすクリアとグレイは端から見ていると完璧な部下である。クリアの暴走や凶暴性を無視してもそうと言える。

「そろそろ、クリアが銃を取り出しそうね」

「もう、あれは出してますよ。ほら、トカゲの右手がさっきから夢魔の座っている椅子の後ろから出てきてませんよ」

ペーターに言われて、アリスが注視してみるとどうやらクリアが持つ銃の先をグレイが握っているようで、聞こえてくる話の中に「銃をしまってくれ」とナイトメアの悲痛な声が聞こえる。

「・・・・・・なんだか、また次回も会合がありそうね」

「ルールですから、ちゃんと今回で終わりますよ」





宣誓フィナーレ




ナイトメアが吐血をして赤く汚してしまった書類をクリアは黙々と休憩室で再利用していた。彼女は休憩時間なので何をして咎められることはないが、同じように休憩に入った部下たちが休憩室に入ってくる度に、顔なしではあるものの、ぎょっとした顔をしてクリアを見る。

「あ、あのクリア様」

同僚たちに押されて、じゃんけんに負けた一人が黙々と作業を続けているクリアに近づく。いつものように呼びかけただけなのに、クリアはいつもは見せないほど綺麗な爽やかな笑顔で返事をする。

「どうしました?」

まるで赤い折り紙で作ったように見事な二四角形の立体作品を持っていなければ、何か良いことがあったのではないかと思えた。でも、クリアが持っているのはナイトメアの吐血付き。

「い、いえ・・・・・・珈琲入れますか?」

「ええ、お願いします」

苦し紛れに聞いたのだが、入れろと言われたので同僚たちにいくじなしと言われる視線を感じながら珈琲メーカーに近づいていく。そういう視線を寄越すならお前等がいけよ、と思う。

やや湿っている立体をボールのように手の中で浮かばしたりしていると、廊下が騒がしくなり、誰かが走ってくる。
クリアはおもむろに立ち上がると、休憩室のドアの前に対峙するように立って、バレーのサーブのように二四角形を構える。丁度、オーバーサーブの体勢だ。

「いやだああああぁぁぁぁ、もう仕事なんてしたぐはぁ!」

仕事したくない、と皆まで言わせずに、クリアは見事なサーブをドアを開けて入ってきたナイトメアの顔面にたたき込んだ。紙の固まりなのに、本物のバレーボールのように重い音。
ダメージを受けたナイトメアが床に倒れ込む。

「仕事してくれる男性って素敵だと思いますよ」

にっこり、とクリアが微笑むと追いかけて入ってきたグレイも笑う。今日の会合からずっとナイトメアはリングマーク兄妹に挟まれっぱなしだった。

「ナイス、サーブ」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「ち、血なまぐさい」

「自分の血でしょう。我が儘言わずに仕事に戻ってください」

やれやれ、と肩を竦めてクリアは打ちひしがれるナイトメアを立たせて、埃を払った。にこり、と表情を浮かべているのにぴりぴりとした空気がナイトメアを襲う。

「何か、苛立ってないか」

「仕事してくれれば機嫌良くなります」

間髪入れずに答えるクリアの後ろから珈琲を入れていた職員がおずおずと珈琲を持ってクリアに話しかける。ナイトメアは返答に満足した顔はせずに、自前のハンカチで顔に付いた血とついでに吐血しかけて口の端に付いていた血を拭う。

珈琲を受け取ったクリアはまだ休憩中だと言って、休憩室の椅子に戻り近くのテーブルにあった新聞に手を伸ばす。

「本当に仕事をしてくれれば、機嫌が直るんだな」

「そうです、そうです」

上司が話しかけているのに、新聞に目を落としたままクリアは述べる。それを見かねて、というよりグレイもナイトメアと同じように何か気に留めて口を開こうとするが、手を上げてナイトメアが制する。

「よし!グレイ、仕事をするぞ!今日は気分もいい!」

「・・・・・・では、溜まりに溜まった山を攻略してください」

「え”?」

意気揚々といった風に明るい声を出していつも苦労をかけているグレイを振り返ったが、直ぐに方向転換をしたくなる。何と言っても、”いつも””苦労をかけられている”部下からしてみれば、願って願いまくった願望である。

「やるんでしょう?さっ、行きましょう」

「あ、ああ。逝くぞ!」

「・・・・・・」

兄と夢魔が出て行く背中を横目で流して、クリアは誰の視線を気にする風もなく新聞を読み進める。

「哀れに、狂った、騎士」

書かれた文字を小さく、呟く。
少なくとも新聞ではないような文字が紙面に並ぶ。記事ですらなく、物語のようである。休憩室にあった行つもの新聞社のもので、おかしなものになっているのにクリアはそのまま読み進める。

・・・・・・ここ数日、特に最後の会合になってからクリアはひどい悪夢に魘される。それを悟られれば適当に流す。精神的におかしいと彼女なりに自覚しているクリアは黙って、新聞を読むふりをする。
今見ている新聞もそう、目を通していた書類もそう。全てが全て、何かを指す別の文字に置き換わる。
こめかみを押さえて、珈琲を飲み干し、なんとか正気を保つように文字を見つめて、それでやっと書かれているはずの文字を読んで乗り切っている。

――――哀れな騎士、狂った騎士。その名は”エル”。恋に狂った、化け物と騎士の話。

それは、ジャバウォックが本来なら語るべき話であった。与太話。閑話休題。それぐらいの価値を持った物語。

クリアは痛み出した頭に顔をしかめて、目を閉じる・・・・・・。





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