銃弾レディ
□第1章 銃弾レディ
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「陛下。俺、帰って良いですか?」
会合の出席者達が立ち上らせる紫煙が会場に広がり始めた頃、エースが困ったような顔をしていった。
「却下じゃ」
「……急にお腹が痛くなってきて」
「昼にあれだけ食べておきながら何を言っておる」
「じゃあ、頭が痛くて」
「エース、“じゃあ”はつけちゃ意味ないわよ」
却下されてもなお、食い下がるエースにアリスは呆れる。
まだナイトメアの話が始まってもいないのにエースが帰りたがっているのだ。
「う〜ん……トカゲさんは好きだけど」
「なんでグレイが出てくるのよ」
そのグレイはナイトメアにカンペを見せながら、進めるように苦労していた。
「もう一人のリングマークが苦手なんだよな……」
「“もう一人”?」
「良かったですね、エース君。君に恋している女が来るんですから」
「じゃあ、ペーターさんに譲ってあげるぜ。ほら、ペーターさんも最近、同じくらい電波的なんだから気が合うさ。……はあ〜あ、そんなこんなこと言ってる内に来ちゃったぜ」
やれやれ、と肩を竦めてエースは腰に下がっている剣を引き抜いた。
きらり、と反射する剣。
「会合中は駄目なんじゃ……」
「いいんだ」
にっこり、エースが笑うと同時に扉が開いた。余りに大きな音を立てて、帽子屋ファミリー側の扉だった為組員達が警戒して構えている。
「アリス、こちらへ」
ペーターがアリスの体を引いてエースから離れさせた。
「俺から始める訳じゃないから――――」
「クリア!!」
他の皆と同じように扉に目を向けていたグレイは叱るような声でアリスの知らない名前を呼んだ。
「エース様!!」
恋する乙女……アリスの直ぐ近くにいるどこかの宰相閣下に勝るとも劣らない愛おしそうな声でエースを呼んだ。
それと共に銃声が一発。
クリアの手の中の狙撃銃から弾丸が放たれて、真っ直ぐに飛ばず人の間を縫って飛ぶ。
「やあ、レディ。久しぶりではないか」
紅茶を嗜みながらブラッドは、適当に言った。
「エース様、来ていたのでしたら言ってください。私が貴方様に会えなくて胸が張り裂ける思いでした!!」
なぜなら、ブラッドにはクリアからの返事はないことを知っていたからだ。
もう彼女の目にはエースしか見えていない。
「おい、クリア。返事ぐらいしろよ」
エリオットの声を無視ってエースへ近づく。
「いきなり発砲してくるなんて礼儀がないぜ」
剣を振り、銃弾を弾き飛ばした。だが、勢いが消えることなくまたエースに向かっていく。
それを何度も振り払い、背後から来ても振り払う。
「だって久し振りの愛の再会ですら、興奮しちゃってエース様の体に傷でも付けたら私は死んじゃうくらい悲しいです」
「あはははっ、いっそのこと死んでくれないかな」
「そうしたらエース様に愛を叫べないじゃないですか。例え、私の残像でも時計の新しい持ち主でもエース様に愛を囁くなんて嫌です!!」
「俺、うじうじして静かな子が好きなんだ。だから、煩くしないで欲しいな。静かに死体みたいになってくれよ、な?」
「っ〜〜〜〜!!」
弾丸の軌道が乱れた。その好きを逃すことなく、エースは銃弾を斬った。
床にめり込む弾。
銃弾の主は……長銃を肩からベルトで下げた状態で両手で顔を覆っていた。
手からでている皮膚は真っ赤だ。
「………ビバルディ、この子は誰?」
「クリア=リングマーク。狙撃屋をしている娘だ。そして、そこの騎士に恋をしておる……異常なくらいに」
「……なんか誰かを彷彿させるような女の人ね」
アリスの視線は自然とペーターへ向かう。
「アリス、僕をそんなに見つめないでください。照れてしまいますよ」
その彷彿させる誰かは、アリスをぎゅっと抱き締めて彼女に呆れられた顔をされた。
ハートの城の陣営に主催者側の席から保護者であるグレイが駆け寄ってきた。
「クリア、協定が発令しているのだから発砲はやめなさい」
クリアから銃を取り上げる。
「クリア、聞いているのか?」
「す―――」
「は?」
肩を振るわせて言葉を紡ぎ出していくクリア。
「素敵……お兄ちゃん!!やっぱり、エース様は素敵!!あの最後の“な?”が素敵すぎて胸の中の時計が止まるかと思った」
「………クリア」
反省するそぶりもなく、クリアは興奮した面もちで言葉を紡いでいく。
「それよりお兄ちゃん、銃を返して!!それがないとエース様が剣を持ったままだから愛が育めない!!」
「あんな騎士とは付き合うな」
銃をクリアが取り返せないように高く持ち上げる。
「エース様を“あんな”なんて言わないで。あの胡散臭い爽やかな笑顔と、腹黒さを漂わせている発言が素敵なの!!」
「全く“素敵”という説明になっていない。だいたい、クリア。会合中に主催者側であるお前が面倒事を起こさないでくれ」
「お兄ちゃん、私とエース様の愛には時間も場所も関係ないの。だって、エース様はいつも迷子だし、私は×××な上司とお兄ちゃんのせいで時計塔からでれないし………あっ、これってもしかしてロミオとジュリエット的な恋愛!?あっ、でもクローバーの塔だからラプシェル?って、ことはお話通りなら私はエース様と………っ〜〜!!」
「っ………」
幻覚かもしれないが、クリアは周りにハートが舞わせ始めて、口を閉じたかと思えば妄想を始めている。
兄のグレイはというと顔を引くつらせて、頭痛がするのか額に手を当てた。
「兎に角、会合が始まらない。真面目にしなさい」
「え?……ああ、でも、ナイトメア様がいないから無理じゃないの?ほら」
クリアはグレイの背後をさした。
もぬけの殻の主催者席。テーブルの上にはカンペだけがある。
クリアの行動で部下達の目がナイトメアから離れたようだ。
「あの方は……っ。次から次へと問題だらけだ。
ナイトメア様でこっちは手一杯なんだ。大人しくしてなさい」
「大丈夫!!もう、お兄ちゃんに構ってもらいたい年頃じゃないから。私はエース様と――――…っと。危ないですよ、エース様」
クリアの言葉を中断させたのはエースの剣。