Tmorrow will take care of itself

□An apple candy and fireworks
1ページ/1ページ

「はぁ…」
詩和依は1人、小さくため息を吐いた。
今日は長鳴神社で夏祭りが開催されている。そして、こういうことが大好きな奏に誘われ、逆に奏を誘った真田と3人で屋台の立ち並ぶ道を歩いていた…はずだったのだが、いつの間にか2人の姿が消えていた。
「もしもし?」
慌てることなく巾着袋から携帯を取り出し奏にかける。
『しいちゃん!』
予想より慌てた声の奏がすぐに電話に出た。
「真田先輩とは一緒?」
『うん。』
「じゃあ、真田先輩とまわっておいでよ。私は先に帰ってるから。」
『えー』
「2人で楽しんでおいで。私はそろそろ帰りたいから。」
『そっか…』
「ごめんね。ちょっと真田先輩にかわって?」
『はーい。先輩、しいちゃんがかわって欲しいそうです。』
『ああ。…どうした?』
「私は帰りますので、奏をよろしくお願いします。分かっているとは思いますが、奏に手を出したら…ね?」
『も、もちろんだ!!』
脅すような雰囲気のこもった詩和依の声に少し怯えながら真田は返事を返す。
「なら、いいです。では、奏を楽しませてあげてください。」
詩和依は、そこまで言って電話をきる。
(さてと、帰りますか。)
そう思い、足を踏み出した時だった。
―ぶちっ
足元から不吉な音が聞こえてきた。
(うそ…)
下駄の鼻緒が切れていた。ま、もう帰るだけだしいいか、と裸足で歩き出す。
「おい、黒崎!」
いきなり名を呼ばれ振り向くといつも通りにニットキャップとロングPコートを身に付けた荒垣がいた。
「どうしたんですか?」
こういう祭りに来るようなタイプとは思えない荒垣の登場を怪訝に思い、訊ねる。
「どうした、は俺の台詞だ。なんで裸足でいんだよ?」
荒垣の視線は詩和依の足に向けられていた。
「あー、下駄の鼻緒が切れちゃって。」
手に持っていた下駄を見せると、大きなため息を吐かれた。
「ったく、危ねえだろうが。こっちに来い。」
軽く腕を引かれ直ぐ近くのベンチに座るように言われた。
「それ、貸せ。」
「え?」
一瞬何か分からなくて思わず聞き返す。
「その下駄を貸せつってんだよ。」
「あ、はい。」
少し怒ったような声で言われ、漸く理解した。怒鳴るような口調は照れ隠しなのだろう。それが分っていたので、怖がることなく素直に下駄を渡す。すると荒垣はポケットからハンカチを取り出して裂き、それを使って手際よく鼻緒を直してくれた。
「きつくねえか?」
「大丈夫です。」
直してくれた下駄を履いてみる。
「家帰るくらいならもつだろう。」
「ありがとうございます。あ…っとよかったら、これ。」
お礼を言いながら、2本持っていた缶ジュースの1本を荒垣に渡す。奏のために買ったものだが、まあいいだろう。
「1人で来たのか?」
それを受け取った荒垣は詩和依の隣に座り、缶を開けた。
「いえ、奏と真田先輩と。はぐれただけです。」
同じように詩和依もプルタブを上げる。
「はぐれた?お前が?」
「ちょっと、余所見していた隙に。」
訝しげな荒垣の質問に答える。
「…りんご飴とぶどう飴どっちが夏祭りって感じがします?」
「は?そりゃ、りんご飴じゃねえか?」
唐突な質問に戸惑いながらも荒垣は答えた。
「ですよね。でも、私はぶどう飴が好きなんですよ。」
「は?」
脈絡のない話に荒垣の眉間にはシワがよっていた。
「小さな頃、奏と喧嘩したんですよ、りんご飴を美味しいか、ぶどう飴を美味しいかで。」
屋台を眺めながら詩和依は言葉を紡ぐ。
「全く同じ会話を交わしている姉妹が居たんです。それを見ていたらはぐれたんです。」
まだ養父母が生きていた頃の懐かしい記憶。もう随分前の出来事だ。
「後ろばかり振り向いて…とは思うですけど。」
こんなことを言うなんて自分らしくないとは思うが、勝手に言葉が出てしまった。
「…いいんじゃねえか、別に。」
「え?」
今度は詩和依が聞き返す番だった。予想外の返事だった。
「過去を見ねえ人間なんて居ねえよ。」
「…そうかもしれません。」
荒垣も何か過去にあったのか、と訊こうと一瞬思ったが、どこか辛そうな雰囲気を感じとり、その言葉を詩和依は飲み込んだ。
―バン
いきなり大きな音がなった。それにつられるように空を見上げる。
「あ…」
打ち上げ花火だ。
「綺麗ですね…」
「…ああ。」
いくつもの花火が彩る夜空を仰ぎ見たまま、2人は短い言葉を交わす。
そのあとは一言も発することも無くただただ打ち上げられる花火を見ていた。



Fireworks were beautiful beyond anticipation.
(花火は予想以上に美しかった。)
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ