魔法戦記真譚リリカルシュテル

□真譚3話
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シュテルが高町家にやって来て数日が経つ頃。

ある種病人より顔色が優れなかったシュテルは少しは元気になっていた。しかしそれでもどこか高町家の面々には壁を作り、なのはに対しては壁どころか断崖絶壁並みの城壁を築いていた。

もちろんなのはが話しかければ受け答えはするが話しが続かない。

近寄れば逃げてしまう。

顔を合わせるのは朝食と夕食くらいだ。

しかしそれは仕方のない事だ。

シュテルにとってなのははどう触れたらいいのかわからない爆弾のような存在なのだ。

自分とは天地のように明るい性格のなのは。だがそれでもどこか自身と同じような感覚を時折感じていた。

父が亡くなり、何もできない、できなかった自分が大嫌いだった。心配をかけないように良い子でいようとして。寂しくて、悔しくて、情けなくて。行き場のない感情をひたすら抑え込んでいた自分と――

だから余計にどうしたらいいのかわからない。

明るいのはいいことだ。少なくとも、暗くなってしまった自分なんかよりは。

でもふと見せる寂しがりな表情は自分と一緒だった。

そんな、どのように触れたらいいのかわからないなのはのあとを追って、ジュエルシードの封印作業だけはきっちり見守っていた。

動きは素人。危なげに魔法を使う姿は、御神の剣士たる自分に比べればひどい物だが、レイジングハートの的確なフォローのお陰で、シュテルの見守る前でジュエルシードを封印している。

しかし世界も違えば、敵も異なるのだろうか。出逢いも異なるのだろうか。

2つ目のジュエルシードを封印した時に現れたフェイトが、なのはの前に姿を現す事はなかった。

それが少しだけ寂しさを再燃させた。

とはいえ、自分となのはでさえこうも違う育ち方になったのだ。

世界が違えば人も変わる。もしフェイトに逢えたとしても、それは別人。自分の知るフェイトとは異なるかもしれない。

それが怖くて、居場所がわかっているはやてにさえ逢いに行っていない。

いや、どう転がろうとも、自分はもはや高町なのはではない。

たとえフェイトやはやてと逢えたところで、それは自分と同じ時に生きて、共に戦った彼女達ではないのだ。


「フェイト、はやて……――ッ!?」


念のために手に持っていた夜天の書、それを通してシュテルは――正確にはシュテルの魔導の根源であるリンカーコアを通して、何者かの気配を感じた。

既に夜中。封印作業と、普通なら子どもは寝て然るべき時間に起きていてへとへとで帰っていく高町なのはの方に向かう様子はない。


「レイジングハート!」

『魔力パターン該当、ジュエルシードの暴走体!? 急速接近中! こっちにくるの!』


言語機能を修復したレイジングハートが警告する。


「迎撃――は、出来ませんでしたね。転移魔法の準備を! 出来れば戦場を移します」

『わかったの! 転移魔法、発動準備! 魔力反応、さらに増大中! っ!? 目標より高エネルギー反応!!』


レイジングハートの警告と共に、夜の海鳴市の空に閃光が煌めいた。


「プロテクトシェーーード!!」


右腕を突き出し、掌から空間を湾曲させ、ごく薄い反発的防御空間を形成する。この空間は強い反発効果を有しており、ここに到達した光学攻撃を蓄積、反射させることができるのである。


「くああぁぁううっ!!」

『マスター!』


感知したエネルギー体は光学兵器に近しい類だった。

プロテクトシェードによって防御出来たものの、バリアジャケットを身に纏っていないシュテルの掌は真っ赤に焼け爛れていた。

だが痛みに泣いている暇はない。


「あれは――」


空に浮かぶ人型に似たシルエット。

白と黒のツートーンの躰に、胴体についている仮面のような顔。腕に当たる部分には紙のように薄っぺらいものがある。

それは初めてシュテルが戦ったジュエルシードの暴走体だった。

いったいどこからそんな実体を得たのだろうか。幸いなことにサイズは人間サイズ。それでも十分脅威だが、実物サイズで出て来た日には地球は確実に滅亡する。

そんな暴走体――第14使徒を模した怪物は、その黒い深淵しかない仮面の眼からジッとシュテルを睨んでいるように思えた。

最悪のケースだ。

全快のシュテルならば苦戦してでも負けない相手だろうが、今のシュテルでは勝算は厳しい。

かといってなのはが相手出来るかと言われれば、NOだ。

ただでさえ、御神流剣士の自分でさえ、この暴走体には殺される寸前まで痛めつけられたのだ。

死ななかったのは、シュテルの日々の積み重ねの賜物だ。

頭脳を駆使し、技術を費やし、己の力と矜持を信じていたからにほかならない。

しかし、なのははどうだろうか。

とてもではないが、彼女は流れるままに戦っているようにしか見えない。

確固たる信念のない戦士ほど、脆いものはない。

たとえそれが天賦の才覚に恵まれていようとも。


「征きましょう。レイジングハート」

『All right my master.』

「■■■■■■ーーーーー!!!!」


レイジングハートを手に取るシュテル。

足元には桜色のミッド式魔法陣が展開され、声なのか叫びともつかない奇声を上げながら突撃してきた暴走体に右手を向ける。


「プロテクトシェード!」


再びバリアを展開するシュテル。

バリアに激突する暴走体を確認したところで転移術式を展開。桜色の魔力に包み込まれ、シュテルと暴走体は空間転移によってその姿を消した。





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高町なのはは疲労と睡魔の襲う身体に鞭を打ちながら来た道を戻り始めた。

五つ目のジュエルシードを先程封印したばかりで、疲れもあれば寝不足もあって身体は鉛のようだ。

しかし、先程の海鳴市一帯を照らし出した眩い光と新たなジュエルシードの気配に、眠いの疲れたのとは言っていられない。

ジュエルシードが危険なものであることは、幾度かの戦いで解っている。

こうして走っている間に誰かが巻き込まれてケガをしてしまうかもしれない。

自分は戦いたくはないと思う反面、自分しか戦う事が出来ない現実と、なによりようやく自分にしか出来ない事に巡り会えた事が、争いを好まない彼女を突き動かす理由だった。

自分にしか出来ない――わけではない。でも自分がやるしかない。

レイジングハートと、魔法のお陰でようやく自分自身のアイデンティティを見つけられた気がした。

そんな彼女――高町なのはは駆ける。

桜色の光に向かって。

しかし、魔法少女がその先に視るのは、『魔法』などという世の少女達が夢想して止まない物とは到底かけ離れた光景だった。






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