魔法戦記真譚リリカルシュテル

□真譚2話
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「ありがとう……ございました……」

「ありがとうございました」


30分程ノンストップで動き続けて、荒い息の間に声を出したなのはに、それほど息が上がってない美由希が答える。

剣を持っているときの威圧感は微塵もない、優しい顔がそこにあった。


「どうだった? 美由希」

「うん。この歳からしたらとっても強いと思う。同い年くらいの頃のわたしより強いよ」


道場に入ってきた恭也がタオルを渡しながら美由希に、打ち合った感想を問う。

息を整えるなのはにも、士郎が近寄って頭にタオルをかけながら汗を拭く。風呂上がりの時にわしゃわしゃと拭くものだから髪の毛がくしゃくしゃになるが、父の手に触れてもらえることがなのはには嬉しかった。


「とても、残酷な夢ですね」


呟いて、立ち上がったなのはは、士郎を見上げた。


「お世話になりました」


ひとつ礼をして、なのはは道場を出て行こうとした。

美由希と打ち合ってから、夢でない事には気づいていた。

美由希からすれば自分は妹にそっくりの赤の他人。名前を告げていないのもあるがそれでも『なのは』と呼んでもらえたのは嬉しかった。

だが、もうこれ以上はダメだ。

離れるのも辛くなるから。


「ちょっと待ってくれ」


士郎に呼び止められ、立ち止まる。


「君の事をとやかくいう事はしない。ただひとつだけ答えてくれ」

「…なんで、しょうか」


立ち去るべきなのだが、足が動いてくれなかった。

父からの問い。それに背を向けたくはなかった。


「君に、守りたいものはあるかい?」


その問いは、父に御神流を習う時にも問いかけられたことだ。

振り返ったなのはは答えた。答えたられないわけがない。

一度は失ってしまったが、極めて近く、限りなく遠い存在でも、なのはの守りたいものは確かに存在しているのだから。


「あります。私は、私の大切なものを護るために、御神流剣士としての道を歩み始めたのですから」


現在過去未来。変わる事のない御神流剣士高町なのはの誓いだった。


「なら、躰が万全になるまではうちで休んで行きなさい」

「それは――」


出来ない。自分も高町なのはだからだ。

自分がいる所為で、あの明るい子の高町なのはに余計な迷惑をかけるわけにはいかない。


「うちにも、君と同い年くらいの娘が居てね。できれば友達になってくれると僕らも嬉しいかな」


士郎の言葉に頷く恭也と、笑顔でいる美由希。

正直断っても強制的に保養されそうだ。

抵抗も空しく終わりそうだ。となれば出す答えは決まってしまう。


「少しだけ、お世話になります」


1日でも早く体力を回復して出て行けば良いだろう。それまでは少しだけこの優しくも残酷で懐かしくも辛いけども、叶わない儚い夢の中に居ても。


「よーし、そうと決まれば順番に風呂に入って飯にしよう! 君は美由希と一緒に――」

「シュテルです。シュテル・ハーヴェイ。……私の名です」


士郎に対して偽名を告げるなのは。

『なのは』は当然名乗れない。ドイツ語、あるいはベルカ語で『星』という名前を名乗ったのは、ひとえになのはの遠距離・近距離に置ける最強技の名に『星』やら『スター』やらが付くからだ。

しかしそのまま『星』と書いて『セイ』と読んだり、『スター』のままでは味気がない。だからベルカ語で『星』を表す『シュテル』を名とし、『ハーヴェイ』の名字はかつてクロノが名乗った偽名から借りたものだ。

ジュエルシードと共に地球の海鳴市に飛び散ってしまったもうひとつのロストロギア、イデアシードを回収する為に単独専攻して地球にやってきたクロノの偽名だった。


「それじゃあシュテルちゃん、改めてよろしく。僕は高町士郎。こう見えて駅前の喫茶店ではマスターもやってて、コーヒーもそこそこ評判なんだ。あとでご馳走してあげよう」

「俺は恭也。美由希の兄で御神流の師範代でもある。暇な時には言ってくれ、手合わせくらいならしてやれる」

「最後はわたし、高町美由希です! シュテルちゃん強かったねー! また今度手合わせしようよ!」

「あと、妻の桃子と末っ子のなのはの以上5人が、高町家の面々だ」

「…よろしくお願いします。それと、私のことはどうか呼び捨てで構いません」


たとえ偽名でも、これから一生付き合うだろう名だ。そして家族には呼び捨てにされたい。そんな願望から、なのは改めシュテルは、呼び捨てにされる事を望んだのだった。





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むくっ、と体を起こし、目をこする。


「おはよう、なのは」

「……おはよう、ユーノくん」


おはようございます。高町なのはです。
元々余り朝に強くないわたしなのですが。最近はその、魔法使いなんてやってまして。まだ昨日の戦いの興奮が抜けなくて、寝た気もしないありさまで。


「おとーさんに似て寝付きはいいんだけど、寝起きの良さは似なかったんだよね……」


わたしは外見はおかーさん似で、寝つきの良さはおとーさん似。

でも運動神経は壊滅的だったりします。

おにーちゃんは外見や強い所はおとーさん似で。

でもおねーちゃんは……あまりどっちとも似てないかも?

……などと考えているうちに着替えは終了して。ユーノくんを肩に乗せてリビングへ。


「おはよう、おかーさん」

「おはよう、なのは。ユーノくん」


朝食を作っているおかーさんに挨拶をして、部屋を見回すけど……誰も居ない?


「みんなは道場?」

「うん、今日は士郎さんも少し見てあげるんですって。そろそろ朝ごはんできるから声かけてきてくれる?」

「はーい」


縁側の方に回って、サンダルを引っ掛けて庭の道場へ向かう。

高町家はお庭が少し広くて、その中に小さな道場があります。


《そう言えば道場って何をやってるの??》


テレパシー……みたいなものでユーノくんが話しかけてきた。


《えと、御神流っていう剣術みたいなのだよ。おとーさんが師範さんでおにーちゃんが師範代。おねーちゃんは……弟子って言うのかな?》

《剣術……士郎さんや恭也さんの普段の身のこなしから只者じゃないとは思ってたけど》


それをわかっちゃうユーノくんも只者じゃないと思うの。

そう思いながら道場へ足を踏み入れると腕を組んで立っているおとーさんと、その隣に立っているおねーちゃん。

そして――


「せぇっ!」

「はっ!」


二本の少し短い木刀――小太刀って言うらしいです――を持ったおにーちゃんと――


「え? えぇぇぇええ!?」

《な、なのは!?》


同じく小太刀を持っておにーちゃんと打ち合っているのは、わたしだった。


「ん、そろそろ朝ごはんか?」

「お、おお、おとーさん! あ、ああ、あの、あののこ、こ」

「もう少し待ってくれな。今良い所だから」

「はっ!」

「てりゃあ!!」


カンッカカンッ、カンッと聞き慣れた音が響き合う。木刀と木刀がぶつかる音だ。

おにーちゃんと、あとわたしとそっくりの子は、なのはの目には追いきれない速さで木刀を打ち合って、姿が消えたかと思ったら力強い足音だけが聞こえてまたぶつかり合って――


《すごい……これほどの戦士は僕たちの世界にもそうそう居るものじゃない》

《現代日本にもあまり居ないと思うよ……》


前におねーちゃんが教えてくれた『しんそく』っていう奥義が、一瞬消えたように見えるやつなんだって。

おにーちゃんはその『しんそく』を使って、同じ『しんそく』を使えるわたしとそっくりの子。

わたしは運動音痴だからどのくらいスゴいことなのかわからないけれど。多分とてもスゴいことなんだと思う。だっておにーちゃんの顔が――


「つぇああ!!」

「ちぇりお!!」


いつになく、真剣そのものだったから。


「そこまで!」


おとーさんの声で2人の姿が止まってやっと見えた。

おにーちゃんはわたしとそっくりの子の顔面に木刀を突き立てる格好で止まって、わたしとそっくりの子は右手の木刀でおにーちゃんの木刀を逸らすように木刀のお腹をおにーちゃんの木刀に添えていて、そして左手の木刀はおにーちゃんの胸の辺りに切っ先が向かって止まっていた。

まるでビデオを止めたようにピタリと動かない2人に、わたしはスゴいとしか思えなかった。


「二刀で立ち向かっておきながら競り負けるとは。悔しいです」

「いや、正直驚いた。もう免許皆伝も近かったんじゃないか?」

「いえ、私など足下にも及びません」


互いに言葉を交わして手を降ろす2人はなんかこう、声がかけにくいの。


「シュテル、わたしより強いんじゃないかな。体格差で勝ててるけど」

「確かに、同い年の頃の美由希よりは強いかもな。おーい2人とも! 朝ご飯の時間だぞ!」

「朝食だそうだ。行くぞシュテル」

「あっ、いえ。……私は、その」


わたしを見て、わたしとそっくりの子――シュテルちゃんはどうしてか背中を向けて。


「なのは、ちょっと来てくれるか?」

「うん」


おとーさんに誘われて、わたしはおにーちゃんとシュテルちゃんの方に歩いていく。


「紹介しよう、シュテル。うちの末っ子のなのはだ」

「高町なのはです!」

「……シュテル・ハーヴェイです」


背中を向けたまま、 でも名前は教えてくれたシュテルちゃん。

恥ずかしがり屋さんなのかな?






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