魔法戦記真譚リリカルシュテル
□真譚1話
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今まで生きて、何度も迎えてきた中で、こんなにも清々しく気持ち良い目覚めがあっただろうか?
「私、生き…てる……」
起き抜けでかったるい感じの躰を起こす。
地面が紅黒く染まっていることから、致死量の出血をしていた事は想像に難しくない。
だが躰はなんともない。
「と、とりあえず、服かな――」
あの激戦を物語るように、高町なのはの服は半裸を超えてボロボロだった。
このままじゃ恥ずかしい以前に変態露出狂扱いされてしまう。
しかし換えの服を持っているわけがない。
持ち物には、首から下がる紅い宝石と黄色い三角形のアクセサリーと、地面に落ちてる焦げ茶色い本。表紙は変わっていて、金の輪っかに十字の槍のような意匠の変わった金物がついている。
「危なかった。夜天の書をなくしちゃうわけにはいから」
なのははまるで宝物のようにその本を胸に抱き締めた。
「はやて……私、ちゃんとできたよ――」
親友の最後の願いは、闇に呑まれた自身を殺してでも必ず止めること。
尊大で冷徹だからこそ、自分の身で大切なものが傷ついてしまうなら、自分の命すら擲つ剛い親友。
「でも、私っ、何も、守れなかったっ……!」
躰が元気になった分、哭ける躯になった分、悲しみは留めなく溢れてくる。
戦っていた時は泣く余裕すらなかった。
ただ、目の前の闇を倒す為に戦っていた。
でも、いざ、戦い終われば、残ったのは悲しみと悔しさに寂しさだけだった。
達成感なんて、なかった。
家族も、友達も居ないのに、自分だけが生き残って、生き延びて、いったい何になるのか――
「泣いている暇があるのなら戦え――シグナムも、無理なことを言っていましたね」
感情が爆発して一周して、戦友の言葉を思い出してようやくいつもの調子に戻ってきたなのは。
時間は、もう戻すことは出来ない。
プロジェクトFのように入れ物を造っても、そこに記憶があっても、冥界や天界辺りから本人の魂を直接持ってきて定着させない限りは、別人になってしまうのは、フェイトとアリシアの例でわかりきっている。
それを成すには、魂を錬金するか、第3魔法くらいしか無理だろう。
「ダメですね。そんなことをすればフェイトに叱られてしまいます」
寂しさから魔が差す思考を振り払い、なのははちゃんと前を向くことにした。
夜天の書に残された魔力でバリアジャケットを生成する。
型ははやての騎士甲冑だが、ボロボロの服よりはマシであるし、何よりやはり拭えない寂しさを、親友とお揃いの格好をすることで誤魔化そうとするなのはの無意識下での行いだった。
リンカーコアは著しく疲労し、魔術回路も右に同じ、魔法や魔術を試すにも魔術回路が逝っている状況では満足に魔力を通せない。
となれば、親から貰った立派な脚で歩いていくしかない。
幸いと言っていいのか、少し放れたところには人が散策するために設けたような道があることが分かる。
鬱蒼と茂る大森林かはたまた前人未到の山奥ではないようだと考え、なのはは歩き出した。
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一時間後、なのはは海鳴駅という場所に居た。
言わずもがな、なのはの生まれ育った故郷だ。
そして守れなかった故郷だ。
マスターテリオンによって、海鳴市は彼のアーカムシティのように壊滅的な被害を受けた。
翠屋も、実家も、家族も、すべて奪われた。
奪われたはずなのに、街並みはそんなことなどなかったというように平和で綺麗そのものだった。
そして、実家が経営する喫茶店 翠屋を視たことで、なのはは荒唐無稽だがとんでもないある結論を導いた。
ただ、現実を認めたくなくて、なのはは街を走った。
そして決定的だったのが、走り廻っていた時に通り過ぎた実家だった。
そこも、記憶にある通りに何事もなく綺麗なままだったが、懐かしい気配が家の中からしていたのだ。
3歳の頃から御神流を習い始めたなのは、別れはその二年後だが、間違うはずもなかった。
出来るならその胸に飛び込んで、自身の成長した姿を見て貰いたかった。
だがそれは出来ない。
「これが、守れなかった私に対する罪だというのですか――!」
家の門をくぐり、父と抱き合う少女を見て、なのはは自身がどこに流れ着いてしまったのかを知った。
なのはは走った。自然に溢れ出る涙を流しながら。
そして何時の間にか気づけば、八束神社まで来てしまっていた。
なのはにとっては近所の勝手知ったる神社だ。兄や姉と時々修行をした場所。そして新しい友人を得た思い出深い場所。
「私はこれから、いったいどうすれば……」
これがまだ管理外世界や、地球以外の世界なら良かった。
新たなフロンティアでの新たな生活に希望を持てた。
生まれ故郷の海鳴市に来てしまったのはまだ良い。
だが、何故、それが、極めて近く、限りなく遠い世界に来てしまったのだろうか。
「おとーさん……私はどうすれば」
思い悩むなのは。
すべてを失い、そして今度は自分の居場所、高町なのはとしての存在価値まで無くなってしまった。
この世界では、父と抱き合っていた彼女こそが『高町なのは』であり、自身が余計な異物である。
「ぅっ……ぅぅ…ふぇっ…また…またっ、独りぼっちにっ」
どうしようも無い絶望感が、なのはの心を打ち砕いた。
似ている人間は居るだろう。似ている町並みも、似ている場所も。
しかし、この世界で自分を、『高町なのは』と知る者は、誰一人として居ない。
『高町なのは』で在ることすら失ってしまったなのは。
それは自身の存在を全否定されたのも同じだ。
これからどうすれば良いのか、どう生きていけば良いのか、何者として生きていけば良いのか――
様々な事が、絶望感としてなのはの心を突き刺していった。
「…泣いている、わけに、はっ、でもっ…」
戦友の言葉を想い起こして自身を奮い立たせようとするが、砕け散ってしまった心は中々立ち直せない。
「にーさん、ねーさん……おとーさん、美沙斗さん」
なのはは自分を御神流の剣士として導いてくれた家族の事を想った。
御神流を始めたきっかけは、父の昔話だった。
武者修行の旅を、兄 恭也と共にしていた事。
なのはは昔から御神流の武者修行の旅の話しを聞くのが好きだった。
お父さん子だったのも手伝って、子守歌代わりだった。
そして恭也が3歳で御神流を習い始めたのを知ってから、3歳の誕生日から自身も御神流を習い始めだ。
御神流を習いたかった理由は、子どもの様な理由。
それは父の様になりたかった。
ただそれだけだった。
ただ、父を亡くしてからは、大好きだった父を殺した奴らに復讐する為に御神流を磨き続けた。この頃にがむしゃらだったなのはは魔術にも手を出し始めた。
だが、御神流は護るための剣であると、なのはは恭也から教えられた。
フィアッセや忍を護る恭也の背中に、亡き父の姿を垣間見たなのはは、自身の過ちを知った。
それからは護るために御神流の修行を続けた。
兄の恭也、姉の美由希、姉の母の美沙斗から、ありとあらゆる御神の業を教えられた。
自身のルーツは御神流に根ざしていると言ってもいい。
例え、高町家の末っ子の『高町なのは』という存在価値を失っても、御神流剣士『高町なのは』としてのアイデンティティは別の場所にある。
都合の良い考え方かもしれないが、砕け散った心を奮い立たせることだけは出来た。
心が立ち直れば動く気力も出てくる。
辺りはすっかり暗くなってきてしまっている。宿泊する場所も確保しなければならい。
なのはは立ち上がると、境内から見える懐かしい風景を一瞬眼に刻みつけてから階段を降りていった。
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