あいとゆうきとむげんのかなたへと
□第四話 妹たちの心
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「夢、か…」
初めてISを起動した時の夢だった。
忘れろと言われて忘れられる体験じゃないさ、あれは。
少なくない寝汗を掻いてベタつくワイシャツとタンクトップを脱ぎながらバスルームへ。つまり朝シャン。
「朝シャン♪朝シャン♪シャッツとパンツはどこかいなぁ〜♪っと」
着替えを用意して我が麗しの命の洗濯場へ突撃する。
頭から調整した湯を被る。
髪を解きながら手櫛で水を含ませていく。
シャンプーで頭を洗い髪の毛先まで丁寧に洗い。一度シャンプーを流してからリンスを髪に馴染ませて身体を洗う。
そして最後に全部流して風呂を出る。
タオルドライで水気を拭き、ヘアアイロンで寝癖を整える。
普段はシャンプーまでなのだが、一週間に一度はやらんと髪の毛が悲惨な事になる為の必要労力だ。
髪の毛を整えながら長さが背中辺りの自分に比べて、髪を一部アップにしている殿下はもっと時間をかけるんだろうなぁ〜。っと、どうでもいい事を考えながら寝癖を直す。
寝癖を直し終われば下着の上から上下黒のインナーを着る。
全身ピッチリタイツに見えて、これは一応上着で隠れる腰辺りで上下に別れている。でなければトイレが一々大変だ。
インナーを着たところでパーツが多い制服を着ていく。
姿見を見ておかしいところがないか確認していく。
顔を引き締めてみるが、迫力やらなにやら圧倒的にあの人達の足下にも及ばない。
たった二年。正味1年で追いつける程斯衛は甘くはない。
あの喋り方もお粗末な贋作。
虎の威を借りた猫だ。
正直俺がISを動かせるだけで瑞鶴に乗って戦っているのが恐れ多すぎるように感じる。俺にそんな資格なんてないのに。
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ようやく学園の雰囲気に慣れてきて生活ペースが通常運用に戻てた数日。
3組の教室内ではある噂が持ち上がっていた。
「聞いた? 2組のクラス代表が変わったって噂」
「確か中国から来たって子だっけ?現クラス代表を転校初日に一騎打ちで倒したっていう」
「(多分…鈴だよなぁ……)」
今時期で転校生、中国、2組とくれば98%間違いないだろう。
先の模擬戦、セシリアは対透夜戦においては帝国斯衛製IS、対一夏戦においては第三世代機ISとの戦闘経験値を得た。
対抗馬として今後複数の代表候補生が転入する事を予想するのは極めて簡単である。
危機感を特に強く持っているのはヨーロッパEU連合加盟国のイギリス以外、アジアでは中国だろうか。
アメリカはIS学園方面にはあまり力を入れていないようなのでまだ動かない(それよりも軍用ISの開発に忙しい)と思われるが、その内無視できなくなる可能性もある。
「(だからってわけじゃないんだけど――)」
「え〜。今日は朝からニュースよ。ウチのクラスに転校生が来たわ」
担任の瀬戸先生が告げると教室がしんと静まり返った。
「それじゃあ、入って良いわよ」
ガラッ――スタ、スタ、スタ。
「え?」
「ふぇ?」
「うそ…」
教室の雰囲気が固まる。それもそうだろう、仕方がない。
教室に入って来た少女はある意味で誰もが知っている人物なのだから。
しかもそれが帝国斯衛軍の白を身に纏っていれば、反応に戸惑うのも無理はない。
「………………」
「えーっと…じ、自己紹介を――」
瀬戸先生に促された彼女は視線だけを俺に向けてきた。
そんな寂しいネコみたいな目をするなよ。
「……自分の名乗りたいように名乗ると良い。マドカ」
期待していた答えを貰えた事の嬉しさと、対外的な名を反する事に感じる一抹の罪悪感を一瞬浮かべた彼女はようやく口を開いた。
「――織斑マドカだ」
「ねぇ、今あの子織斑って…」
「ウソ! 千冬様に織斑くん以外に妹が居たの!?」
「ぐ、偶然よ。偶然――」
「織斑千冬は私の姉だ」
ピキッっと教室の空気が凍った。
その空気の中、彼女は真っ直ぐ俺の方に向かってきた。
「帝国斯衛軍第16大隊所属、クレスト8。竜宮マドカ少尉。只今着任致しました」
「マドカ、ここは斯衛軍じゃない。家に居る時の様に振る舞えば良い」
「わかりました。お兄様」
教室で着任挨拶をするマドカに楽にするような意味で告げる。
しかし織斑と名乗った後に竜宮を名乗る彼女に周りは困惑している。
だがそれで良い。子どもの自由を尊重し、それに責任を取るのが大人の役目だ。
「どういうこと?お兄様の名前に千冬様の名前、いったいどっちがどっちなの〜!?」
「謎が謎を呼び謎深まる…まさかお兄様と織斑先生が」
「はいそこ!変な憶測を立てるな」
とりあえず変な噂が出来上がる前に釘を刺しておく。
織斑マドカ。
IS原作ではイギリスの強奪された第三世代IS サイレント・ゼフィルスを纏う亡国企業のIS操縦者。そしてその容姿は十代中盤の織斑千冬その人だった。
それは語れば長いが、簡潔に述べるならマドカは織斑千冬でであるということだ。
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今日からISの実習が始まる。
マドカの噂は釘を刺したお陰でまだ3組のみの話しでしかない。
ISスーツを纏い居並ぶ三組の少女達の中に居て、ただ2人、異彩を放つ者達が居た。言わずもがな、透夜とマドカだ。
透夜は制服のまま、マドカは00式衛士強化服装備に身を包んでいた。
「それじゃあ、ISの基本飛行を竜宮君達に実践してもらいます」
「わかりました。行けるなマドカ」
「無論です。お兄様」
「フッ、では、行くぞ」
待機状態の瑞鶴である小太刀にアクセスする。
「「システムロック解除。メインシステムテストモード起動」」
《《了解。メインシステムテストモードで起動します。FCSオンライン、バッテリーパワー正常。パワーライン、一番・二番主機、カーボニックアクチュエータ、全コンディショングリーン。全甲冑展開します》》
電子音声が自動でオペレートする各種システムを確認していく。
まず脚、次に腕と腰の主機、胸部装甲、頭部装甲と複数に分けて展開される装甲。
全装甲が展開し終わると、そこには透夜の瑞鶴と97式戦術歩行高等練習機 吹雪の白い機体だった。
「あれって確か97式戦術機の吹雪よね?」
「97式戦術歩行高等練習機 吹雪。帝国斯衛軍と日本自衛隊がF-15J 陽炎のライセンス生産で培った技術を基に、第三世代戦術機の基礎技術研究の為に発展量産化した高等練習機。不知火の量産パーツ流用を前提に再設計され、2097年に正式配備となった。不知火開発実験機を改修・量産したためその直系にあたる。だから、吹雪を『帝国初の純国産戦術機』であるとする軍関係者も多い」
「あんたって普段色々変態のクセに戦術機にはヤケに詳しいわよね?」
「ま〜ねー」
つけ加えるなら練習機という扱いながらその性能は撃震に勝り、機体表面には不知火と同レベルの対レーザー蒸散塗膜加工が施されている。
主機出力こそ低めであるが、武装を施せば実戦での使用も十分耐えられる機体だ。
そのIS吹雪がマドカの機体だ。
近接戦闘能力と装甲強度こそ瑞鶴に譲るが、それ以外の性能面は吹雪が上だ。
帝国斯衛軍の瑞鶴に純日本製の吹雪。
その姿は見る人間には帝国斯衛軍が本気である事を暗に告げている。
「クレスト8、先に行け。瑞鶴には助走が必要だからな」
「了解。クレスト8、先行します」
両腰の跳躍ユニットが唸り、吹雪は軽快に空を舞う。
瑞鶴も水平ブーストから助走をつけて空に飛ぶ。
ISの飛び方と言うよりはその様はまんま戦術機の飛行だ。しかしそれは仕方がない。
透夜はISよりも戦術機に触れている時間が長かったのだから。そしてそんな透夜の背中を追い、共に斯衛に居たマドカが戦術機の機動マニューバーで飛ぶのは当然の理だろう。
「クレスト8、そのまま加速。T-10、格闘戦機動へ移行する」
「クレスト8、了解。T-8、格闘戦機動へ――」
急加速する吹雪と瑞鶴。
先行していた吹雪が旋回。それに合わせて瑞鶴が全力でバックブースト。勢いを殺しながらバレルロールで身体を反転させ、全力ブースト。
主機出力では瑞鶴の方が上だが、吹雪の方が軽い為、その差は徐々に縮まるが、蛇行や加減速を繰り返し、吹雪の背中を取り、いつの間にか展開していた突撃砲を向けるが、マドカはエンジンをカット。失速する吹雪に瑞鶴はそれを追い越す。
透夜が反転した時には目の前には65式近接戦闘短刀を突き出している吹雪の姿。
だが見慣れた、身体に染み付かされた速さには程遠い。
右手の人差し指と中指だけで短刀を挟み込み、左手と右側の可動兵装担架システムに展開した突撃砲を向ける。
そして吹雪のシステムに警報が鳴った。
「最後の最後で動きを止めたな。お前らしくもない」
「すみませんでした。お兄様」
いや、普通なら人差し指と中指で刃を止めるなんていうマンガ染みた行動をとられあまつさえそれが目の前で成功しようものなら彼女のように止まっても仕方がない。
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