あいとゆうきとむげんのかなたへと
□第三話 その背中を追いかけて
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「あれ……俺は――」
「お気づきになられましたか?」
「セシリア…? なんで――」
窓から差し込む夕日に照らされたセシリアの姿に困惑する。そして思い出した。
負けたのだと――
「まだ安静にしていた方がよろしいですわよ?」
「……なんでここに居るんだ?」
一夏の声は負けた悔しさと不甲斐なさが混じって不機嫌なように聞こえた。
しかしその気持ちがわかるセシリアは特に思う事は無かった。
「あなたに謝罪を」
「何をだよ?」
「あなたを愚弄し、あなたの祖国を愚弄した事に。申し訳ありませんでしたわ」
セシリアは一夏に頭を下げた。
「俺も……俺も、悪かった。セシリアの国をバカにした」
「それはお互い様ですわ。いえ、関係の無い者まで見下していた私の方が悪女ですわ」
「……セシリアはさ。なんで男をあんな風に」
「それは秘密というものですわ」
「なんだよそれ。まぁ、いいけどさ。話したくないなら」
互いに謝罪をして、もう語るべき事はなく、一応気絶したケガ人扱いの一夏を気遣いセシリアは病室を出ようとした。
「セシリア」
一夏に呼び止められたセシリアは返事をするまでもなく、黙って立ち止まった。
「次は絶対に勝つ!」
「ふふっ、その日を楽しみにしておりますわ」
一度振り返ったセシリアは柔らかい笑みを浮かべ、返事を返して病室を去っていった。
夕焼けに灼かれたセシリアの笑み。
それを一夏は綺麗だと純粋に思った。
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IS学園の整備室。
そこで透夜は瑞鶴の整備をしていた。機構は戦術機そのままだ。
嫌という程やらされた整備手順で整備していく。
「やっぱりカーボニック・アクチュエーターの消耗が酷いな」
無限連撃。
神速の連続斬撃は今の透夜の対IS必殺技だ。
ワンオフ・アビリティなんぞない瑞鶴の唯一のISに対する絶対的な一撃必殺技。
その対価に連発出来ないのが弱点だ。
武御雷ならいず知らず。瑞鶴では保って3回が限度だろう。
正直初めての対IS戦闘は不安だらけだった。自分が勝てたのは瑞鶴のお陰だ。
瑞鶴に宿る烈士・烈女達の誇りのお陰だ。
自分はただ。戦っただけだ。自分の実力だけ、セシリアが始めから本気だったら勝てなかっただろう。
「もっと、強くならないとな」
瑞鶴の冷たい装甲に身を寄せながら、透夜は胸に刻み込むように呟くのだった。
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セシリア戦より数日。
入学より一週間と数日が経ち、観客数も減り始めた頃に透夜が本物の帝国斯衛軍の所属である事が学園中に広まった。
帝国斯衛軍。
数世紀も軍政を取り仕切る将軍家を守る為に存在する独立した軍であり、国連軍、欧州軍に並ぶ世界最強の軍隊と言われている。
この男卑女尊の世界で数少ない実力が物を言う世界で、各国軍がIS開発に性を出す中で戦術機の開発を重視する軍隊である。
そして透夜のIS瑞鶴を見ればわかる通り、戦術機のIS化にも着手している。
戦術機のIS化は、将来的にはISサイズの戦術機開発がテーマであり、戦術機が行動不可能な作戦領域でも作戦行動可能な強力な量産戦力。
数に限りがあり、未だに完成していないISに並び将来的な戦力として注目されている。
透夜の瑞鶴が未来を背負っているのはそういった意味もある。
そんなわけで本物の白の斯衛兵。つまり武家の出自というわけで色々と声をかけられたり教室の外にまた観客が戻ってきたり色々と注目度がぶり返して来てしまったのだ。
しかしその眼差しは、今までは興味一本だったのが憧れや尊敬に変わっていたりする者も在る事をここに記す。
そんな日の昼休みの頃だった。
「竜宮さん。少しお時間をよろしいでしょうか?」
セシリアの誘いを受け、透夜は屋上へと来ていた。
「先日の無礼について謝罪に参りました。誠に申し訳ありませんでした」
綺麗な90度を描くセシリア。彼女の目的は透夜への謝罪だった。
それを透夜は私人ではなく斯衛として相対した。
「……その件は既に終結している。頭を上げよ。私はそなたにこれ以上の罰も謝罪も求めぬ」
「……よろしいのですか?」
「既に過ぎたこと故な。そなたが何故男に敵視に近しい程の感情を抱いていたのかを詮索はせぬ。しかしこれからこの日ノ本に居る間は注意する事だ。私のように日の浅い斯衛兵だったから、そなたがまだ日本を理解し切り得ていなかったから、ここがIS学園であったからこそ、そなたは何事もなかった。これのどれか一つでも抜けていようならばそなたの身柄の保証はなかったやもしれぬ」
誇張でもなんでもなく、生粋の斯衛兵ならば瑞鶴をああもバカにされればただではすまなかっただろう。もし武御雷だったら相当ヤバい。
斯衛は格式や象徴を重んじる軍隊なのだ。
それを軽んじられる事は自分を卑下されることよりも怒りを覚える行為なのだ。
「今のそなたを見ていればもうないとは思うが、あえて言わせてもらおう。そなたは代表候補生だ。大なり小なり国を背負う立場になる。そなたの言動一つが国の評価に直結する事もあるのだ。常日頃とまでは言わぬが、日々人として模範たるよう心掛けよ。そなたならば出来よう。此度の反省を糧とし精進に励め、セシリア・オルコット」
「はい。ありがとうございますわ」
もう一度頭を下げたセシリアに表情を柔らかくしながら肩の力を抜いた。
「はい。説教タイム終了!」
十分反省しているのは彼女を見てわかるし、くどくどガミガミ言うのもアレだ。
空気も一瞬でころっと変えた透夜に、セシリアも自然と肩の力が抜けた。
「はふぅ……あの貴方は自然と緊張してしまいますわ」
「二年もの間、そういう空気の中に居たしね。真似事くらいさあんなの。本家は云十倍も凄い」
「……敵としてお会いしたくありませんね」
「右に同じく。模擬戦で相対するのすら怖いんだ。あの人達は」
油断があろうとも代表候補生のセシリアを下せてしまえる腕の透夜ですら赤子や童扱いなのだから、その実力の程は計り知れない。
BETAの物量にこそ追い込まれてしまったが、1対1での質では圧倒的に上の斯衛兵。
ISの世界でそんな人達がISを纏えば鬼に核弾頭だ。決して誇張ではない。
「貴方でも勝てないものはあるものなのですね」
「当たり前さ。織斑先生にだって勝てる気はしないし、戦い方を間違えれば山田先生にも負けるさ」
「山田先生にですか?」
普段オロオロして頼りない感じの山田先生だが、伊達にIS学園教師はやっていない。しかも彼女は戦いの組み立て方が上手い。
教師陣も有事に備えてISで訓練をするのだ。その場の山田先生を見た透夜の率直な感想だった。
「さて、昼飯食べに行くぞ。昼飯抜きで腹ペコで午後の授業なんて有り得ない」
「先に昼食にしておけば良かったかしら?」
「昼飯より謝る方が先だって思ったんでしょ? ならそれで良いんじゃないの」
「…貴方と話していると誰が本当の貴方なのかわかりませんわ」
「俺は俺だよ。それ以上でもそれ以下でもなくね」
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