無窮の冥廻
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100周目
「なるほど、やはり噂に違わぬ実力ならば安心して現場に同行して貰おう」
「委細承知。――シュリュズベリイ博士……」
「ああ。どうやら招かねざる客のようだ」
僅かに香ってきた水の生臭い臭い。
俺自身も散々嗅いできた胸糞悪い臭いだ。
「おそらく私が目当てだろう。私はしばらく隠れている。葉加瀬女史、すまないが客が扉をノックし、私がここにいるか尋ねると思うが応える必要はない。そのまま追い返してくれたまえ」
「押し売りならぶっ飛ばしても?」
「お淑やかに頼むよ、レディ」
口元は笑ったままそれだけを言うと、シュリュズベリイ博士はスタスタと奥に入っていき、バタンとドアを閉める。
俺は肩の力を抜いて逆の玄関のドアを開ける。
その玄関の外にいたのは、とても人間とは思えぬ異様な存在だった。
コートとつばのついた帽子で全身を覆い隠した異様な人間。そして爛々と輝く瞳。
さーて、ちょっとした道化芝居に付き合って頂こうか?
「あ、あの……どちら様、なのですか?」
若干声を震わせて、ドアに身体を隠して頭だけを出すようにするその様は、完璧に珍客に少々怯える少女そのものだ。
「コ……ここニ……ラばん博士ハ……オラレますか…ナ……?」
擦れたような異質な声。
それは人間以外の生物が無理矢理人間の言葉を話しているような感じだ。
そして何より耐え難いのがその生臭い匂い。そして深い海の匂いだ。
海岸の匂いではなく、まるで深海からそのまま上がってきたかのような強い海の匂いである。
「お、おじ様はついさっき帰られて、ここには理華しか居ないのですよ」
「う…嘘ダッ!! いルはずだ……、ヤツは、ここニイルはずだッ!!」
「ひっ!!」
ばさり、と客が纏っていたコートが床へと落ちる。
その姿は異様なモノだった。
人間と魚が融合したような半人半魚。
容貌は奇怪なまでに両生類を連想させ、全身は硬く滑らかな鱗によって覆われている。
そして、その指は水掻きがあり、爪はまるで鋭いナイフのように鋭く尖っている。
深きものども-ディープ・ワンズ-。
邪神クトゥルーとその眷属ダゴンとヒュドラに仕える邪神奉仕眷属-CCD-だ。
彼らは人間との交配を好み、その血を受けた子孫は如何に血が薄かろうが少しづつ己も深きものどもへと変貌してゆく。
故に、彼らは人間社会に潜伏し、邪神のために人間の生贄をさらってきたりしているのだ。
まったく質の悪い連中だ。
「ギシャアアアアアッ!!」
「キャアアアアアアアアッ!!!! ――――なーんて…ね。武装錬金――!!」
奇怪な咆哮を上げながら腕を振り上げ、その爪で俺をを引き裂こうとする深きもの――面倒だからインスマウス面でいいか。
何時の間にか手に持っていた核金を展開する。
「甲冑-メタルアーマー-の武装錬金! サムライアーマー!!」
サムライアーマーを身に纏った俺は直立腕組み不動でその爪を受けた。
バキン――
しかしシルバースキン並みの防御力を自負するサムライアーマーを傷つけるには到らない。
逆にインスマウス面の爪がへし折れた。
「13のブラボー技-アーツ-の内の一つ、直撃! ブラボー拳!!」
「ぐぎゃぶぼろぶべぼっ!!」
只のパンチのはずなのだが、インスマウス面は俺との体格さが嘘のように30mは軽く吹っ飛んだ。
「やれやれ、君は子役としても十分食べていけるのではないか?」
「あなたと同じ理由ですよ。かくも美しいこの世界を、邪悪で染められないように戦う。ただそれだけです」
少々呆れっぽく言ってきたシュリュズベリイ博士に、俺は俺の戦う理由の一つを告げた。
この美しい世界を守ることが刹那の明日に、誰かの明日に繋がって行くのならば、俺は戦うさ。
そしてこの無限螺旋に抗い続ける。
いつかその日が来ることを確信しながら。
「さて、お話しはこの辺りで。取り巻きがやってきますよ」
まるで闇を見透かすように、俺は冥闇の方に顔を向ける。
そう、その怪物は一匹だけではなかったのだ。
冥闇の中、爛々と禍々しく光る瞳。
それらは数体の深きものどもの瞳である。
「ギ。キイェアアアアッ!!」
「轟ooooooooooーーーー!!」
「キチキチ。チチチチチチチ!!」
インスマウス面に、ヒトデマン、タコ野郎、亀怪人。
インスマウスのフルコースだ。
「吹き荒め、険悪にして窮極の風よ! ハスターの爪、受けるが良い!」
遥かプレアデス星団より、空間を越えて旧支配者の爪が振るわれた。
大気を両断し、空間をも切り裂くその刃を防げるモノなどない。
硬い鱗に覆われた深きものどもと言えど、それは例外ではない。
凄まじい勢いで深きものどもの肉体を切り裂き、殲滅し、刺身に変えた。
他の数体が呪文を唱えたシュリュズベリイ博士の隙を見計らって彼へと肉薄する―――。
「くするふ いあ! ダゴん!! いあ! だゴん!!」
振るわれる鋭い爪。それは確かに博士を深々と引き裂―――
「一・撃・必・殺! ブラボー正拳!!」
響き渡るゆかり様ヴォイス。それと同時にインスマウス面のに理華の顔面パンチが飛び、その顔面を砕き、眼球をブチ破る。
「ヒギャアアッ……!!」
理華は武装錬金以外は特別な力など一切使っていない。
サムライアーマーも比類無き防御力はあれど、直接的な攻撃力は全くない。
だが、約2000年の研鑽の中で、人間の限界まで身体を日々鍛えていた彼は、肉体の効率の良い使い方が身に染み付き、人体の弱点も勝手に身体が覚え、絶対的防御力に裏付けされた躊躇のない剛拳は、何者をも打ち砕ける物に昇華しているのだ。
「しかし魔術ならばいざしらず、徒手空拳攻撃に技名を付け叫ぶのは、敵に次の動作を教えるようなものではないかね?」
「そうですが構いやしません。何故なら、その方がカッコイいから!!」
仁王立ちで胸を張って言い切った理華を見て、シュリュズベリイ博士は口元には笑いを浮かべた。
「確かに技名を叫ぶのは血湧き肉踊るものだ。それに叫ぶ事で内界――自身の気分的にも威力が強まるような感覚も芽生えるものだ」
「さすがシュリュズベリイ博士。わかっていらっしゃる」
とりあえずインスマウス面を殲滅し終えた所で今日は解散となった。
身体の穢れを祓うフッサグァの炎で身を清めて俺はアパートへと帰った。
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「ふえぇ……ちかくでみるとくびがおれてしまいそになるくらいおっきいんやね」
翌日。
俺は刹那を連れてミスカトニック大学に来ていた。
刹那を連れて来たのは、万が一、インスマウス面に刹那が襲われるのを防ぐ為だ。
ミスカトニック大学。
アメリカ合衆国マサチューセッツ州アーカムシティに存在するその大学は、表面上は普通の大学であるが、その裏では魔術師を養成する陰秘学科が存在し、その内部には様々な禁忌の魔導書を収める秘密図書館も存在する。
何を隠そう、シュリュズベリイ博士もここで魔術師としての教鞭を取っていたりしているのだ。
「やあ、待っていたよ。葉加瀬女史」
「こんにちは、シュリュズベリイ博士」
「こんにちは、さくらざきせつなです」
「ご丁寧にどうも、お嬢さん。私はラバン・シュリュズベリイ。葉加瀬女史とは仕事を共にする同業者だ」
「シュリュズベリイ博士はこの大学の先生だ。あまり困らせないようにな」
「はーい!」
元気の良い返事に頭を撫でてやれば「えへへ」と笑う刹那。
ヤバい、萌え死ねそうだ。
「ふむ。なかなか良い娘じゃないか。……さて、今日来て貰った訳だが」
「彼女にも話して問題ありません。戦いはできませんが、外道に対する知識と備えは彼女も持っていますから」
話しを切り出すか一瞬迷ったシュリュズベリイ博士に言い切る。
刹那は半妖だ。そしてここは闇黒渦巻くデモンベインの世界だ。
俺が死んでも生きて行けるように、俺は彼女に俺の知識と知恵を与え育てているのだ。
「では今回の目標だが。インスマウスへ向かう」
「やはりそうでしたか。敵はやはり」
「ダゴン秘密結社。クトゥルー教団の下部組織の一つだ」
インスマウスはクトゥルーの奉仕眷族のダゴンを崇拝する、クトゥルー教団の下部組織《ダゴン秘密結社》の根拠地ともいえる場所である。
無限螺旋の中では、大十字九郎が訪れ、復活したダゴンとその番のヒュドラを倒す舞台でもある。
覇道鋼造――かつての大十字九郎が、そんなインスマウスにリゾート化計画を持ち込むのも、自分では対象出来ない邪神を、若き英雄に退治を依頼する為だったのだろう。
俺でもダゴンは時間がかかって倒せそうなくらいの相手だが、シュリュズベリイ博士となら大丈夫だろう。
無限螺旋の知識を持つ俺と、盲目の賢者のタッグワーカーだ。
万が一にもダゴンの復活はさせないさ。
「きぃつけてな、理華さん、せんせ」
「ああ。刹那も留守番を頼んだぞ」
「案ずるなお嬢さん。私も女史も、そうそう簡単には死なんよ」
刹那をアーミティッジ博士に預け、2人は一路インスマウスへ向かう
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