星光の魔王-シュテル・ジ・エルケーニヒ-
□第15話
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「……ここは――」
其処は真っ暗だった。底のように其処は真っ暗だった。
「私は既に涅槃に居るのですか……」
今持てる全力を出し切って負けてしまった。
納得できずともそれは歪められようのない事実。
光に呑まれ、身体が焼かれた痛みは今も覚えている。
しかし今はすべての痛みや苦しみ、しがらみから解放されたかのように身体が軽かった。
いや、事実そうなのかもしれない。
別に悔しさがないと言えば嘘になるが、悔しさを呑み込む程の感情がある。
それは自身の不甲斐なさだ。
高町なのはの言うとおり、私は偽物だ。本物と呼ぶべきところなどはない。
それは私が高町なのはではない存在だからだ。ただ他人を真似ているだけだ。
しかしこの3年間に積み上げてきたものは確かに私自身のものだった。
魔術と錬金術を刻み込み続けた日々に、嘘偽りなどなにひとつない。それは確かなことだった。
「フッ、結局、悔しいのではないですか……」
悔しい。負けた悔しさというより。
「自分の土俵で闘えなかったというのか……はて、これはどんな感覚でしょうか」
砲撃同士では向こうに一日の長があるのは少し考えて明白――や、対霊狙撃砲の収束力ならスターライトブレイカーを上回る自信があった物ですが。
「必死に身に刻んだ。別視点からの収束砲。あぁ、だからですか」
何故か……心も身体も軽いからか、こうまでも暢気に考えていられるのか。
「あっ…」
手の内に感じた重さ。
それは対霊狙撃砲。
それが字祷子-アザトース-となって解け、二挺の魔銃になる。
しかしそれもまた字祷子-アザトース-となり解け、対霊狙撃砲に戻る。
「ガワも中身も紛い物。なら私はなんなのでしょうか」
ガワは本物の『高町なのは』でも中身は違う。偽物でもなく、まったく違う他人。
「私は誰で……いったいなんの為にこの世界に――」
考えても仕方がない。考えたところで答えも出そうにない。
「もともと私自身がバカなのもありますが。考えても考えても、コレの答えは出そうにもありませんか」
対霊狙撃砲を手に持ち、ようやく自分が今居る場所――否、状態が解ってきた。
「水の中……?」
しかし普通に呼吸はしている。できている。
「水にしては温かい場所ですね」
躰中を溢れてくる力。生命の息吹き。
「…水……いのち……海……」
世界が明るく色づき、段々と海の底から海面に上がってきたのが判る。
海を出た上は一面の蒼穹だった。
潮風が髪を撫で、そして風は緑の香りを運び、その先には朱色に染まる空。
太陽は沈み月が登り、漆黒の空一面には輝く星々の光。
「空…風は…青い蒼穹。星は闇の空に。――永遠と過去現在未来へ続く星の営み」
「星から見れば、貴方の悩みなんてちっぽけだと思うでしょ?」
「そうですね。確かにちっぽけでしょう。しかし私達にとっては大きな悩み事。違いますか?」
声のする後ろを振り向けば、星空を背に浮かぶ自分の姿――否、『高町なのは』が其処に居た。
「私は貴女の居場所を奪った」
「でも貴方が居たから私は独りぼっちじゃなかった」
彼は彼女に紡ぐ。自身の罪を――
「私は貴女を傷つけた」
「でも痛いのも苦しいのも全部貴方の物だった」
それは高町なのはに言われた言葉だけの意味でなく、彼自身の呪詛が込められていた。
「私は貴女の事を何も考えてはいなかった」
「ちゃんと考えていてくれてる。だから第三魔法と、そして錬金術の一つの到達点を研究している」
独白のように罪を紡ぐ彼にされども彼女は真っ向から彼の言葉を否定する。
「私は貴女を偽り、家族に嘘を吐き、友を戦いに駆り立てて――彼女の言うとおり私は貴女の世界にとって忌むべき存在!」
「なら、もうやめちゃうの? 諦めちゃうの? 貴方が諦めたら私はどうなっちゃうの?」
「私が消えれば良いまでのことです。貴女が目覚めれば、私など――」
それは彼の真意だった。彼自身、彼女が目覚めるのならば潔く消えるつもりでいた。
元よりこの『高町なのは』という存在は自身等ではなく彼女なのだから。
「それをすずかちゃんやアリスちゃん。貴方の為に戦ってくれている人にも同じ事を言うの? そんなの逃げるよりもずっといけないよ! 他人の覚悟や誓いを踏みにじってまで諦めるなんて貴方じゃない! 私は貴方で貴方は私だから解る! 貴方は、すずかちゃんやアリサちゃん、アリスちゃんにとっての『高町なのは』は貴方なんだ!!」
「っ!?」
彼女の叫びが胸に突き刺さった。
彼女の言葉――すずか、アリサ、アリスにとっての本物の『高町なのは』が、私? 何故? 私は。
「貴方は『高町なのは』じゃないかもしれない。貴方を知るアリスちゃんには『高町なのは』には少し違うかもしれない。でも、すずかちゃんやアリサちゃんにとっての『高町なのは』は貴方なんだ。そして今この世界での『高町なのは』は貴方なんだ。魔術師であり、錬金術師であり、世界を救おうとしている『高町なのは』は他でもない。貴方なの!」
まるで彼の魂に刻み込むように叫ぶ彼女の声は、彼の心を穿ち切り裂き貫き刻み込む。
「私にはできない事を貴方はやっている。それは誇って良いことだと思う。私には魂や正気を削ってまで使う魔術は使えない。魔銃の錬金、対霊狙撃砲の構成、御神流の修行。どれもこれも私にはできないこと」
「そんなことは――」
「にゃはは。まぁ、御神流は別として、錬金術は私にはできないよ。デウス・マキナも、サーヴァントも、レイジングハートも――」
手元の対霊狙撃砲が字祷子-アザトース-となって解け、二重螺旋を描きながら彼女の下で再構成される。
神々しい金色にそれを保護する穢れを知らぬ白色のメインフレーム。
柄も白で、石突とグリップは海のように青く。
彼女が握るからこそ、その砲は――その魔法使いの杖はレイジングハートと呼べるのだ。
「レイジングハート」
「私の未来のチカラ。そして今の貴方のチカラ。未来永劫過去永劫現在永劫。現在過去未来における『高町なのは』のチカラにして最も頼もしい相棒――」
レイジングハートの紅いコアが輝く。
『Good morning. meister, and master.』
「うん。おはよう、レイジングハート!」
私は目の前で起きた現象が夢だと、否、彼女の悪戯と思ってしまった。悪戯でなければ質の悪い冗談か――
『Meister?』
「マイスター……私が、アナタの?」
マイスター――
デバイス用語ではデバイスの製作者を指す言葉。
『How was carried out?』
「いえ。ですが私がマイスターとはいったい」
『It is easy. It is because you are a direction which built me. Therefore, you are my meister.』
「確かにアナタを創りはしましたが、造ったとはまさか…」
レイジングハートは『造った』と言った。『創った』ではなく『造った』だ。
「まさか魔銃の頃からの事を」
『That's right. I am the device built by you.』
「コレで貴方もまた『高町なのは』。ううん、私や彼女以上にレイジングハートと繋がれる存在。貴方なら、私達以上にレイジングハートと上手くやれるはず」
桜色の光に包まれたレイジングハートが、彼女の手元から私の手元にやって来る。
私はレイジングハートを掴む。
するとレイジングハートは対霊狙撃砲の時の紅と銀と鋼色に変わり、包む光も桜色から紅に変わる。
それは私の魔力光が血を想わせる紅だからだろう。
私と彼女では魔法と魔術の違いからくる変化もあるのかもしれない。
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