魔法戦記真譚リリカルシュテル
□真譚3話
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朝が過ぎれば高町家はかなり静かな家になる。
両親とも喫茶翠屋で仕事があるし、なのはと美由希は学校。
大学生の恭也も学校はあるが、のんびり具合から授業が遅めなのだろう。
縁側に座っているシュテルの視線の片隅には、剪定道具を使って盆栽を手入れする恭也の姿が映っていた。
趣味が盆栽に釣り。
高町恭也は意外にも爺臭い趣味の持ち主だが、成熟している大人のようで、口数は少なくともとても頼りになる。
そしていざという時は助けてくれた自慢の兄。それが高町なのはにとっての高町恭也であった。
だが、今の自身は高町なのはではなくシュテル・ハーヴェイだ。
もう、守ってもらうわけにはいかない。
守るのは彼の守るべきものだけで十分だ。
そう思いながらシュテルは一度家の中に戻る。切れてしまったお茶を入れ替えて、茶請けの煎餅を取り出す。世界は違えども勝手知ったる自分の家だ。
細異はあれ、だいたい何がどこにあるのかはわかっている。
新しい湯のみも用意して改めて縁側に行けば恭也が縁側に座るところだった。
「ん? シュテル」
「お茶でもいかがですか?」
「ああ。もらおうか」
2つの湯のみに交互に少しずつ茶を注いでいく。
ことりと注ぎ終わった湯のみを恭也の傍に置き、煎餅の入った皿を置き、その隣りに座る。
煎餅の皿と2つの湯のみを間に置いてシュテルと恭也は無言で縁側に座る。
「ふむ……美味い」
「そうですか……良かったです」
これでも茶の消費量は兄に次いで多かったし、自分が淹れた茶を美味いと言われて嫌な気分にはならない。
しかし会話は続かない。もとより自分からはあまり積極的には喋らない方の2人だ。
時折茶を啜る音と煎餅を食べる音が聞こえるくらいで、他に音らしい音が聞こえない。
「静かだな」
「ええ」
しかしその無言で静かな時間が、シュテルにとって普通であり、似た者同士である恭也も静かな時間というのは心地が良かった。
「……恭也さんは――」
「シュテルの呼びやすい呼び方で構わないぞ。なんなら『にーさん』でも…な」
「なっ、わ、私は別に…」
ポーカーフェースは自分も得意とするが、妹と同い年くらいの少女がそうではなんとなくいただけないと思って、今朝美由希を『ねーさん』、父さんの背中で仕切りに『おとーさん』と呼んでいたのを思い出して試しに自分を『にーさん』と呼んで構わないと言えば面白いくらい狼狽する少女。
「か、からかわないでください……に、にぃー…さん……」
恥ずかしげに自分を『にーさん』と呼ぶ姿はやはり自分の知る妹と同じものを感じた。
父さんを『おとーさん』と呼び、美由希を『ねーさん』と呼び、躊躇いながらも自身を『にーさん』と呼んだその様子はとても呼び慣れていて、しかも高町家の案内も何もしてはいないのにも関わらずに茶や煎餅を用意したり、そしてなのはによそよそしく遠慮している様子に、自分より考えが博識の美由希は、シュテルが「もしかしたら平行世界から来たなのはだったりして」なんぞ突拍子もない事を言っていたが、御神流の型は裏流――つまり不破流の流れだった。
不破流を教えられる人間はそれこそ今は限られてしまっている。
父の士郎か、自分くらいだ。
それでいてあの『射抜』は見事だった。
最も得意とする奥義での連撃を防ぎ、かつ反撃をされた。
御神流、奥義の六……薙旋。
抜刀から始まる四連の斬撃を完全に見切られていた。
父さんが止めていなければ本気で一撃を入れてしまいそうだった自分が少し不甲斐ない。
美由希も言っていたが、体格差で勝てているが、同じ体格の時にシュテルと同じ動きができたかと言われれば微妙としか言えない。出来なくはないだろうが、技の練度が圧倒的に違う。
なにしろ、シュテルの太刀筋は鋭すぎる。
まるで士郎や美沙斗と本気で勝負をしているような。
そう、人を殺す太刀筋だ。
殺人術である御神不破流を振るうのだから人殺しの術であるのは仕方がない。だが、小学生くらいの少女が人殺しの術を的確に振るえてしまう事を素直には喜べない。
無論、恭也自身も御神不破流に人生を注いできた自負があり、同じ生き方を選んだだろうシュテルを否定する気にはなれないが、やはり妹と同じ少女がその生き方を選んだ理由は気になった。
気にはなったが、それを訊く気はなかった。
確かに殺人術の御神不破流だが、その存在の意義は守る為の力だ。
要人警護の為の御神流――
要人暗殺の為の不破流――
人殺しの力でも、その力は守る為に振るうのが御神不破流だ。
そしてシュテルは父の問いに即答してみせた。
だから信じられる。同じ剣の道を歩む者だから、彼女の生き方を否定する気も止める気もない。その瞳に映る覚悟を視たから。
「…シュテル」
「……なんでしょうか」
「……いや、昼はどうする」
「……よろしければ、私が作ります」
「…なら、楽しみにしている」
「…おまかせあれ、です」
静か好きな者同士、静かな時は過ぎ去っていった。
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