魔法戦記真譚リリカルシュテル
□真譚2話
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明けない夜はない。
一夜明け、なのはは眼を醒ました。
海鳴臨海公園――
なのはが親友のフェイト・テスタロッサと一度の別れをした場所だ。
海に面していながらそこそこな森もある公園の、とある木の上が今のなのはの寝床だった。
何回か修行で通う内に見つけた絶好の休憩所。
少し背中の感覚が違うが、知った場所で寝れた事は身体的にはともかく、精神的にはかなり良かった。
それでも、昨日の事は忘れられそうにもない。
下手に考えすぎれば、考えなくても良いことまで考えそうな頭を振りかぶって思考を逸らす。
御神流剣士である自身よりも上手く立ち回れる素人なんて――
同じ高町なのはであるはずなのに神様は残酷だ。
「この世界に、神がいるわけがありません」
木の上から飛び降りたなのは。
足をクッションにして衝撃を逃す。
頭を起こすがてらにランニングでもと思ったところでなのはは立ち止まった。
と言うより、着地して顔を上げた態勢から動けずにいた。
衝撃を逃がすのを失敗して動けないのではない。具体的には別の衝撃を受けたからだ。それも物理的でなく、精神的なものだった。
「「「なのは?」」」」
最悪とも言える相手、それも3人にも出会してしまった。
高町士郎、高町恭也、高町美由希の3人に。
最悪と表現したが、当人のなのはにとっては逃げ場を失った兎の気分だった。
兄の恭也をして、亡き父には程遠いと聞かされ、妹にあたる美沙斗でも『不破最強の剣士』と言われていた自慢の父、高町士郎から逃げられる可能性はゼロに等しい。
そして自身の剣の師である兄恭也と姉美由希まで揃った高町家夢の最強布陣。
正直逃げる気すら起きない布陣。
剣士の恥すら擲ち素直に投降するのが吉。
しかも今のなのはには何一つ無い。手持ちのお金も野宿を選択せざる得ない程乏しい。身元を保証するものが何もない以上、様々な面で不便であることは想像に難くない。
高町家の人間は、基本的に善人だ。
末娘と瓜二つの自分が泣きついて事情を話せば力になってくれる可能性は高いだろう。
しかし、その道を選択することは、ある意味でこの世界で生きる『高町なのは』を苦しめることになる。
それだけはしてはならないことだ。
そう思うことで硬直した躰を動かす。
「こんな朝早くに、こんなところでどうしたんだ? なのは」
3年振りに聞いた父の声は、3年前と全く同じ優しい声だった。
その声を耳にするだけで鼓動が早くなる。
瞳が潤んでくる。
お父さん子だったなのはにとって、父の死と言うのは未だに心の整理が着けていない心の傷だった。
最初の一年は家の道場で、父の布団で寝泊まりする程だった。
小さい娘が最初に恋をするのは自分の父親とは誰が言った言葉だろうか。
なのはも、子どもながらに父に恋をしていたのかもしれない。
もっと自分を見て欲しくて、もっと褒めて欲しくて、もっと色々な事を教えて欲しくて、辛いけども楽しい御神流の修行をこなしてきた。
目の前の父は、高町なのはの父ではあって父ではない。
頭ではわかっているのに心がわかってくれない。
今すぐにその胸に飛び込みたい。
その腕で優しく抱いて貰いたい。
その大きな手で頭を撫でて欲しい。
その声で、もっと自分の名前を呼んで欲しい。
「くっ!」
「あっ、なのは!」
しかしそれは叶わない。
叶えてはいけない願いだ。
姉の美由希の声がしたが、全力で無視って走り出した。
神速まで使って駆け出した。
一瞬の刹那でも早く、大好きな家族から離れる為に。
「〜〜〜〜ッッ!! うああああああああっ!! うわああああん、っ、うあああああっ!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
留め切れなくなった感情は呆気なく決壊した。
守れなかった悔しさと情けなさ、罪の意識。その十字架は9歳の少女には重すぎる物だった。
それでも脚だけは止めなかった。
「なのは!」
「…追うな」
「ちょっと、恭ちゃん!」
父の士郎に声をかけられたなのはは、何故か背を向けて驚異的なスピードで走り出したかと思いきや大声で泣きながら走り去っていった。
いったい妹に何があったというのか。
昨晩こっそり家を抜け出したかと思えば、少し服を埃だらけにしてフェレットを連れて帰ってきた。
そして家を出る時にはまだ部屋で寝ている気配だったのに、いつの間にか5mは超える木から飛び降りても完璧に着地して見せたわ、髪の毛は肩にかかるくらいのショートカットになってるわ――
心配になってあとを追おうとした時に、恭也から待ったがかかり、美由希は抗議しようとした。
大切な妹が心配でないのかといってやりたかったが、いつになく真剣な恭也の表情に、その言葉が出てこなかった。
「父さん、今のは――」
恭也が父に意見を求めようとしたのだが――
「恭ちゃん、おとーさんなら一番にすっ飛んでちゃったけど――」
「…………」
父士郎からすれば、少々姿形が変わっていても、大声で走り去ってしまった娘が気になって仕方がなかったのだろう。
「わたしも行くよ」と言って神速を使って駆け出した妹にまで置いてけぼりを喰らった恭也は、とりあえずあとを追う事にした。
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結局、結果的になのはは士郎に捕まってしまった。
それは仕方がない事だった。
いくら休んでも、ちゃんとした寝床で十分に休んでいない、食事も取っていない、戦い漬けだったなのはの躰は本人が思っている以上に限界だった。
逃走劇は5分も続かずに終わった。
「ハァ…、ハァ…、やっと追いついた」
「おお、美由希」
息を整えながら追いついた美由希に振り返りながら声をかけた士郎。
なのはとそっくりの少女を抱っこした姿で。
「おとーさん、その子」
「ああ。驚いたよ。なのはと変わらない歳だろうに神速を使いこなしていた。でも躰の疲労が酷い。明日は筋肉痛だろうね」
士郎の腕に抱かれているなのはは、疲れきって眠ってしまっていた。
見れば見る程、髪が短いこと以外はまるっきり、自分達の知るなのは。
とはいえ、神速は御神流の奥義の一つだ。
そう易々と使えるものでもない。
神速が使えるなのはとそっくりの少女。
御神流剣士として、そしてなのはの家族として他人ごとではいられなかった。
「父さん、美由希」
「あ、恭ちゃん」
少し遅れて恭也も追いついた。
恭也は父の腕に抱かれている髪の短い妹を腕を組んで見やる。
やっぱり髪が短い以外はなのはにそっくりだ。
そっくりだと表現したのは、服の上からだとわかりにくいが体つきがいつも見ているなのはよりしっかりしているというか、御神流剣士としての体つきだった。
「どうかした? 恭ちゃん」
「いや、ただ。5年くらいかと…な」
「5年?」
「昔の美由希と比べてそのくらいだろうとな。修行を始めて」
「確かにそれくらいの時間を修行しているのかもしれない。この子は。だとすると」
自らの腕に抱く小さな躰を思うと、士郎の表情は少し険しかった。
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「…お…とぅ…さ…ん…」
眼を醒ましたなのはは、首だけを動かして周りを見渡した。
「おとーさん……」
とても懐かしい夢を見ていた気がした。
疲れ果てるまで父と追いかけっこをして、疲れた自分を優しく抱き上げてくれた父の腕。
もう、叶う事がない夢。
「起きないと…」
すっかり寝入ってしまっていた。
躰を起こして、少し痺れる足を気にしながら洗面所で顔を洗って、そのまま道場に行って、亡き父に朝の挨拶をして。
それから――
「あれ、なのは?」
「あっ…おはようございます」
道場に入ってきたのは姉の美由希だった。
「…ねーさん?」
「あっ、ううん、なんでもないよ。それよりほら、着替え着替え」
美由希の取り出したのは黒の半袖とジャージのズボン。
「ありがとうございます」
なのはは寝間着から着替え、そのままいつも自分の使う小太刀の木刀を手に準備運動がてら、型の確認をしていく。
足の踏み込みと踏ん張りも、少し違和感あっても問題ない。
小太刀の次は槍を模した一本の棒を振り回す。
これはレイジングハートを使うようになってから始めたこと。
レイジングハートのデバイスモードの基本は杖でも、接近戦になるとカノンモードで槍の型、セイバーモードでいつもの通り剣の型で戦うのがなのはのバトルスタイルだ。
「ねぇなのは、ちょっと打ち合わない?」
「ええ、よろしいですよ」
美由希の提案で模擬戦することになったなのはは、いつになく真剣に小太刀を握った。
たとえ夢の中でも、再び姉と剣を交えられる事に。
「…………」
「…………」
開始の合図も何もない御神の形式。空気がピシッと張り詰める。
「はっ!」
「せいっ!」
瞬間、剣を打ち合う。
怖くて充実した、時間の始まりだ。
「やるな、あの子」
「それに手加減しているとはいえ、美由希の攻撃を完全に見切っている」
眼前に集中している2人を余所に、それを見守る士郎と恭也。
立ち回りも、太刀筋も、並々ならぬ時間を費やしてきたのがわかる。
まだすべてに連絡してはいないが、御神流の関係者に今のところ彼女を知っている者は居ない。
万が一の場合は、彼女を引き取る事も考えている。だが問題は彼女の方かもしれない。
何故彼女は、自分達の事を悲しげに見るのか。
それがわからなければ、彼女は首を縦に振らないだろうと士郎は思っていた。
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