魔法戦記真譚リリカルシュテル
□真譚1話
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「…ぅっ、っっ、かはっ!」
今まで生きてきた人生の中、これほど酷い目覚めは未だかつてなかった。
頭は酷く痛み、起きようと腕や脚に力を込めても、まるで鉛のように重く、指すら動かすことはかなわなかった。
それどころか、有り得ない程の胸の苦しさで、声すら出すのも辛い。まるで肺のすべての空気が抜けてしまったかの様だ。
息も吸えず、うつ伏せのまま身動きも出来ない。
「ッッ、ごぼっ、がぼっ! がはっ、かはっ」
あまりの息苦しさに生存本能が、躯に咳き込ませるが、出たのは空気ではなく、液体だった。多分血でも吐いたのかもしれない。
胃液よりも粘っこいから。
味がわからないのは既に口の中が血で一杯だからだ。
いっそのこと、楽に殺して欲しかった。
もしくは最後の時まで苦しんで死ぬのが、己に課せられた罰なのかもしれない。
家族にも、友達にも嘘を吐いて、日々を過ごしていた自分に対しての罰。
魔法も魔術も、嫌われたくなかった、心配させたくなかったからと、自分に都合の良い理由で隠して、騙して――
嘘吐きな自分が心底嫌いだった。
そして終ぞ、嘘を打ち明ける事無く、みんないなくなった。
「っ…ふっ……くっ…ぅぅ……」
気づけば涙が零れていた。
もっと自分に勇気があったなら。
何も変わらなかったとしても、こんなに後悔する事もなかったのかもしれない。
「……ッ、うああああああああああああーーーーーー!!!!」
無理矢理喉から声を出して哭いた。
悔しかった。自分の非力さを呪い怨んだ。
目の前に居て、守れなかった!
大切なものを何もかも全部!!
わたしはっ…、私は!! なんの為にっ!!
「ッ、がはっ、げぼっ、ごぼっごぼっ」
声を上げてか、また血が逆流して咽せかえる。
なんの為に、魔法の力で戦って、魔術を身に刻みつけたのか。
守る為に力を手に入れたのに、亡き父より受け継いだ御神の剣士としての信念も矜持すらも打ち砕かれて。
すべてを失ってもまだ自分は生きて苦しみ続けろという残酷な世界を拒絶したかった。
「か、えり、たい……」
楽しかったあの日々へ。
嘘吐きだったあの日々へ。
未来が輝いていたあの日々へ。
それが叶うのなら、今度は勇気を出して嘘を打ち明けたい。
もっと素直で明るい子になりたい。
「帰りたいよ……っ!」
もう感覚すら怪しい左腕を動かす。
霞んできた視界を染める光に手を必死に伸ばした。
小さい頃に夢見たヒーロー。
でも結局、自分は光になる事は出来なかった。
薄汚れた存在でしかなかった。
光にも、白き王にも、正義の英雄にもなれなかった。
なら自分は結局何になれたのか?
答えなんて、簡単だ。
ぱたりと、伸ばしていた手が力尽きる。
もう、思考する気力すら無くなっていた。
躰がまるで泥沼に沈んだようにどんよりする。
呼吸すらしているか怪しい。
眼も、開けてはいられなかった。
「…み、んな。…仇は――」
その続きを紡ぐ間もなく、遠退いていった。
「ひか、り……――」
最後に瞼を透過して感じた光は、太陽の光のように白いものでなく、何故か青白い神秘的な光だった。
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