魔法戦記真譚リリカルシュテル
□真譚プロローグ
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広く広大で深く冥い宇宙で、星の輝きをも掻き消すような閃光が生まれる。
閃光から飛び出す真紅の光と、紫苑の光。
その光景は幾度となく繰り返されてきた。
鉾を手に、真紅の輝きを纏う少女が1人。
「ディバイン、バスターーーー!!」
鉾から放たれた紅色の光の筋は、漆黒の宇宙を突き進むが――
「ぬるい!」
紫苑の光を纏う少女は、手に持つ金色の十字架の槍で、紅色の光を弾き飛ばした。
「ン・カイの闇よ!」
クン・ヤン(米国中西部の地底に広がる地下世界)の赤く輝くヨス(クン・ヤンの都。もう一つの都である、青く輝くツァスとの争いに敗れ荒廃しているという。)の下にあるといわれる暗黒世界の名を冠した重力結界弾が、紫苑の光を纏う少女より放たれる。
超重力を秘めた結界弾は、それ一発が小さなブラックホールのように、接触した対象物を瘴滅せしめる威力がある。
「くぅっ!!」
紅い光を纏う少女は重力結界弾から逃れる為に宇宙を縦横無尽に駆け馳せる。
上に下、右へ左へ、物理法則を無視するように直角に避ける時もある。
しかし避けきれないと悟った少女は、無手の左手に槍の様な重剣を招喚する。
剣が裂け、上下に、砲身になるように展開する。
「シュートッ!!」
砲身より放たれる紅い閃光。
光の弾丸は迫り来る重力結界弾とぶつかり合い、対消滅するが、撃ち落としきれなかった重力結界弾が、重剣に直撃する。
「あうっ!」
超重力により塵も遺さず圧縮消滅させられ、半ばから消滅した重剣を送還。
また1つ武器を失ったが、命を繋げられたのだから安い物だ。
「愉しいな。貴公もそう思わんか? 高町なのは」
「くっ!」
高町なのは――
それが紅い光を纏い、黒い法衣を身に纏い、黒と金と紅と紅い宝石の鉾を持つ1人の魔導師の名だった。
「余は今、これ以上ない程に満足している。そして貴公が次に何をするのかも、楽しみでならない」
「私は別に、楽しくなんか……!」
限りなく憎悪を込めた眼差しを、なのはは紫苑の光を纏う少女に向ける。
「そう猛る事もあるまい。貴公は、むしろ余と同質の存在だろう。そして、どう足掻こうと世界は闇となる運命だ」
「アナタの言う運命は可能性でしかない。そして世界が闇で覆われても」
なのはの握るデバイス――レイジングハートが光に包まれて形を変える。
鉾の先から桜色の魔力刃を形成し、巨大な大剣となった。
「心に宿る光を忘れない限り、人間は、私は、闇には負けない!」
「フ、目の前で闇に呑まれた者を見続けてきた貴公が言うか」
「それは勇気のなかった私が犯した罪、業、消える事のない十字架。それでも、私は戦う! それに、私は負けるわけには、まだ死ぬわけにはいかない! みんなの為にも!!」
なのはは紫苑の光を纏う少女へ、一瞬で間合いを詰めると、その小柄な躰には不相応の大剣を振り抜く。
しかしそれは少女が手にした黄金の十字架の剣によって受け止められてしまった。
「私はアナタを斃す。それが私の新たな罪になろうとも――」
「殺せるのか? かつての親友を」
「親友だからこそ、殺す。これ以上、彼女を好きにはさせない! マスターテリオン!」
マスターテリオン――
それがなのはと対峙する少女の名。
黄金の十字架の剣と杖を持ち、背中から漆黒の翼を生やし、圧倒的な力で世界を闇に染め上げた存在。
闇の書より産まれた闇の核。
闇の書が永い年月で溜め込んだ闇の書の一つの可能性の姿。
その力はあまりにも強大だった。
何も出来ないまま、仲間を、戦友を、家族を、親友を奪われた。
なのはが戦う意味はただ一つ。
せめて親友を闇の枷から解き放つだけ。
ただそれだけの為に、空間も時間も世界も超越する戦いに身を投じた。
「A.C.S展開! リミット解除、オーバードライブ!!」
「パターンA.C.Sロード。フルドライブ!」
鍔競り合いから互いに間合いを話した2人の少女は、全く同じ術式を己のデバイスにロードする。
「ディバイン、ブレイカーーーー!!」
「ラインブレイブ!!」
『A.C.S』は『Accelerate Charge System』の略で、瞬間突撃システムという。
互いのデバイスにそれぞれ魔力を纏って突撃し、衝突し、相手の魔力を削り合い、火花が散る。
この光景も、もう幾度行ったかわからない。
だが、強大な力を持つマスターテリオンであっても、なのはを推しきる事が出来ない。
それはマスターテリオンが依り代とする少女――八神はやてへの、なのはの想いがそうさせていた。
最初の出逢いは、互いに家族を無くした悲しみを慰めあっていただけかもしれなかった。
尊大で、他人を寄せ付けないような彼女でも、根は優しくて。
最初こそ戸惑っても、次第に親友と想う関係になって。
そこにフェイトが加わってから、日々は更に騒がしくも楽しかった。
でも、それを、楽しかった。これから続いて行くだろう2度目の人生を狂わせたのが、すべてを闇に染め上げ、呑み込んだ。闇の書の『666プロテクト』と呼ばれる防衛プログラム、ナハトヴァールが突破された時に発動する上位の防衛プログラム。
主を依り代に、すべての物を闇に葬る破滅のプログラム。
目の前で、戦友が、仲間が、親友が、家族が殺されていく様を、なのはは見ているしか出来なかった。
それは666プロテクト――マスターテリオンに唯一対抗出来る術を、なのはしか持っていなかったからだ。
それはマスターテリオンが使う魔術と、なのはが扱える魔術が、偶然にも同種の物だったからだ。
「っ、くあ!!」
「っ!!」
拮抗していた反発力が、互いの魔力の過剰供給によって解き放たれ、なのはとマスターテリオンは互いに弾かれあう。
「マスターーーテリオォォォォンッッ!!」
「高町なのは!」
幾度となく繰り返された攻防も、遂に果てに近づく。
666プロテクトは、絶対的な破滅の対価に、その稼働時間は依り代の魔力によって決まる。
ユーノ・スクライアが命懸けで伝えてくれた情報だ。
つまりタイムリミットまで持ちこたえられれば勝ちなのだが、マスターテリオンは八神はやての魔力に、闇の書が蒐集した666頁分の魔力も備えている。
それをも乗り切れたのは、仲間達が遺してくれたカートリッジと、なのはが持つ不屈の魂の成せるものだった。
しかしなのはの方も後はない。
正気と魂を削る魔術の行使は、限界までなのはを蝕んでいた。
マスターテリオンを斃せても、自分が第二のマスターテリオンになってしまうのは想像に難しくもない。
だからこそ、なのははマスターテリオンごと自身を殺す術を発動する。
躰中の生命エネルギーを両手に集束する。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
両手は剣指を結び、頭上高く掲げられ、そこから扇を開くように左右に腕を開く。それに伴って背後に魔法陣が展開する。
「光差す世界に、汝等暗黒、住まう場所無しっ!!」
右手に集う魔力。魔力は術式によって無限熱量を内包する超重力の渦――ブラックホールを造りだした。
「成る程、そう来るか。ならば――」
対するマスターテリオンも、左手に作った手刀に術式を走らせる。
「奏でよ、闘争の管弦楽-オーケストラ-」
それは白く揺らめく焔となり、空間すらも絶対的な負の無限熱量で灼く刃となる。
「我が怨音、余さず纏めて極めてやろう――」
「乾かず、飢えず、無に帰れっ!!!!」
ブラックホールの在る右手を引き絞りならがら、なのはは疾駆する。
「受けよ、極低温の刃!」
対するマスターテリオンも、迎え討つ為に左手を引き絞る。
「ハイパーボリア――」
「レムリアァァァァアア!!」
正と負、プラスとマイナス、すべてを焼き尽くす浄化の焔と、総てが無の静寂に停止する極々々低温の刃が――この戦いを終焉へ導く。
「インパクトォォォォォォォォォォッッッ!!!!」
「ゼロドライブ!!」
レムリア・インパクトとハイパーボリア・ゼロドライブ――
二つの相反する奥義の衝突は、今までにない閃光を散らす。
手先から凍り、瘴滅し逝くなのは。
手先から燃え、昇滅し逝くマスターテリオン。
正と負の無限熱量は、相転移を起こし、2人の存在を宇宙から消滅させて逝った。
「昇華――」
最後の一節とともに、なのははマスターテリオン諸共、レムリア・インパクトの結界に包まれ、爆縮燃焼効果による無限熱量に包まれた。
肉体だけではなく、その魂まで昇華させなければ意味が無い。
無駄だとわかりながらも、最後まで共に戦ってくれた相棒――レイジングハートをしっかりと手に握り締めながら、同じように消滅するマスターテリオン、否、八神はやての躰を抱き締めながら、なのはの意識は閃光に灼かれて逝った。
結界が消えると、そこには微塵も残りはせず、ただ星々の煌めきが、変わらずに輝いていた。
To be continued…