星光の魔王-シュテル・ジ・エルケーニヒ-

□第12話
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あたしは今、走っていた。

ビルの上を走っていた。

なぜあたしがビルの上を全力疾走して、ビルとビルを飛び越えているのかと言えば、一瞬だけど世界が書き換えられる感覚を感じたからだ。

最近の日課の如くアルの断片探しでマギウス・スタイルになってダウジングしていたから気づけはしたものの――


「なんですずかとなのはが巻き込まれてるのよ!」


世界の書き換えが始まった時、すずかとなのはの気配を感じた。

2人とも家には居ないって言われちゃえばイヤでも気持ちが逸る。


「あまり逸るな。焦りは事を仕損じるぞ」

「焦るなっていう方が無理な相談よ!」


すずかは私のたった1人の友達で、なのははあたしが認めたライバル。

あたしが行ったところですずかとなのはを巻き込んだ世界の書き換えがどうにかなるかなんてわからないけれど、今の『あたし』になら。

そして――


「あたしが行かないで誰が行くのよ!」


マスター・オブ・ネクロノミコン――

闇を纏い暗闇を討つ者。邪悪を外道の法をもって駆逐する者。

魔導少女のあたしがこの街を守らないでいったい誰がこの街を守れるのか。
そりゃあ、相手が人間に対処出来る存在ならいい。

でもあの科学の進歩と錬金術の復古によって発展し、覇道財閥の膝元であるアーカムシティでも、怪異事件は朝定食並みのお手頃価格で提供される日常において怪異事件は総じて人間の身には余るものだった。

怪異に魔人、邪神と戦ってきたアーカムシティとは違うこの海鳴市での怪異事件なんて、対処出来る人間が居るはずもない。

なら偶然にしろ必然にしろ運命にしろ宿命にしろ、マスター・オブ・ネクロノミコンとなった自分がやるしかない!


「見えてきたぞ。あの建物だ」

「……アル。この感じは」

「詮索はあとだ。今は『入る』ことだけに集中せよ!」

「わかってるわよ」


見えてきたマンションは確かにビジネス街とあって相応しく大きい。

そこから感じる魔力の波長というか気配というか、そういった感覚的な物には覚えがあった。

でも今は余計な思考を塗り潰して目の前のマンションの『中に入る』事に集中する。
「っ、なによこの魔力は…それにこの胸のざわめきは」

「アリサ、アレを見ろ!」


アルが示した先を、アタシはざわつく胸を押さえながら視る。

マンションの前で佇む2つの影。

一方は金髪に黒い外套を纏った長身の男。その存在感に圧倒させられる、この感覚的は覚えてるけど、アタシが感じているざわめきの元はこの男じゃない。

ならばもう片方の影、ていうか何故最初にこちらを見なかったのかと思うくらい派手に燃え盛っていた。

焼けた鉄のように灼熱の赤を点す長い髪が、マントのような黒寂びたコートが、全身から噴き出す焔が産む熱気によってなびき、揺れていた。

ロケットエンジンのように溢れ噴き出す焔はそこに宿った力の強さを推し量らされる。

男に比べれば足下に及ばないけど、あたしよりは断然強い力を感じる。魔力――じゃないみたいに思えるけど。力の息吹……違う。


「はあああああーーーー!!!!」


焔を噴き出す影の正体。それは少女。自分よりも少し年上だろう少女。

コートの袖先から覗く可憐な指が握る、戦慄の美を流す、大きな刀に焔が集まっていく。


「炎一閃!」
焔が刀身に融け、緋色に輝く。


「でやああああーーーーっ!!」


緋色に染まった刀を頭上に構え振り下ろした。


パリンッ――


まるで何かが弾けた、あるいは砕けたような音がした。

そして空間に開いた歪な入り口。まるでガラスか何かを砕いてあけたような入り口だ。


「おや。どうやら客人のようだ」


あたしが着地すると金髪の男が言った。目を閉じているのに見えるの?


「気をつけろ。彼奴らは人間ではないぞ」


少なくとも『普通』の人間じゃないのは確かよね。

そう思っていると、女の子の方があたしの方に振り向いてきた。

あたしは息を呑んだ。


炎髪灼眼――ただそれだけならそこまで驚かない。

でも――


「あたしが……なんで…」


炎髪灼眼から金髪蒼眼に変わった――多分戻った所為で余計あたしにはわけがわからない。


「そっか……でも今はなのはとすずかちゃんが優先だから」

「ちょ、2人に何かあったの!?」

「心配いらないわ。あの2人は強いもの。アナタよりも」


あたしにそっくりな顔で、でも違う声で紡がれる言葉。

強い? あの2人? すずかやなのはがあたしより強い?


「ついて来るのは自由よ。でも自分の身は自分でなんとかして」


そう言い残して、彼女は切り開いた入り口へと入って行った。金髪の男もそれに無言で続いた。


「おいアリサ! 汝はどうする気だ?」

「決まってんじゃない。アタシも行くわよ!」


今は余計な事を考えるより足を動かす事にした。

でないと気になって仕方がないから。






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