魔法戦記真譚リリカルシュテル
□真譚2話
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「(不覚でした)」
なのはに背中を見せながらシュテルは自身の心の緩さを呪った。
恭也との打ち合いは心が踊るものだった。
向こうは一刀、こちらは二刀のハンデ戦。
しかしそれでも届かないのが兄高町恭也だ。
10年以上修行している時間は伊達ではない。
しかしシュテルの視点から視ると、技の切れ具合は恭也が上だが、脚の動きのキレは兄の方が上であるのがわかった。
そしてその理由もなんとなくわかっていた。
兄は完全に脚を完治しているが、恭也はまだ庇っているように思えた。
技の切れ具合に関しては、指導者の有無だと思えた。
恭也は士郎にいつでも教えを受けられるが、兄はここ一、二年辺り時々帰ってくる美沙斗にくらいしか教えてもらえない。おそらくその辺りの差。
世界が違えば細かい違いもある。そのひとつを目の当たりにしたシュテルだった。
とは言え、恭也との試合に夢中になり高町なのはの存在に気づけなかったのは大きなミスだ。
一昨日視た限り、高町なのははおそらく運動が得意でない可能性がある。
だとしたら今シュテルがしていた事は彼女の心を刺激してしまったかもしれない。
そう考えてしまうとまともに顔も合わせられなかった。
「紹介しよう、シュテル。うちの末っ子のなのはだ」
「高町なのはです!」
なのにそんな素振りを見せないで元気良く名乗られ――
「……シュテル・ハーヴェイです」
どう受け取って良いかわからず、取りあえず名乗り返せはしたものの、シュテルはどう会話を切り出して良いかわからなかった。
「シュテルちゃんか……シュテルちゃん、シュテルちゃん、シュテルちゃん……うん! ちゃんと覚えたの!」
シュテルの名を連呼した高町なのはは小さくガッツポーズを取りながら満面の笑顔だった。無論、背を向け続けているシュテルにはわからないが。彼女が純真な子どもであるのは十分にわかった。
おそらく御神流が剣術である事を知ってはいても、その存在意義までは知らないから、御神流に触れていないからそう育ったのかもしれない。
とは言え、それを自分に置き換えてもまったく想像すらできなかった。
シュテルにとって御神流は自身の存在を構成するものの一つであり、それに触れずに育った自分など想像すらできない。できたとして、根暗で独りぼっちの自分しか思い浮かべられなかった。
「ねぇ、シュテルちゃんも早くいこ!」
「ふぇ!? あっ」
いつの間にか大人組みの姿はなく、自身と高町なのはだけが道場に居て、しかも高町なのはは自分の手をがっちりと握って離さない。
剣を握り続け、ボロボロの自分の手とは正反対の柔らかくて優しくキレイな手である。
「シュテルちゃんの手って、温かいね」
左手を両手で握りながら言うなのは。
それに対してシュテルは――
「普通ですよ。運動したので、今はそう感じられるだけです」
「そうなんだ。あ、汗かいてるよね? ご飯の前に一緒に入ろ!」
「いえ、だから私は――」
個人的には一番一緒に居たくはないというか、接触は避けたい。願望としては士郎と入りたいシュテルであるが、行動力が高町なのはの武器である。
シュテルが反論する暇もないまま浴室まで連れて行かれた。
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「さぁ、いっぱい作ったから遠慮なく食べてね♪」
そういうのはシュテルの世界では一家の大黒柱であった剛き母、高町桃子である。
喫茶翠屋でパティシエを勤める母は、とても幸せそうだ。特に父士郎とのやり取りの際の顔は、3年前の記憶そのままだった。
シュテルの知る食事風景とはまた違う高町家の風景は懐かしくもあり、少し寂しくもあった。
それを見ながら、シュテルは久しぶりに食事を口にした。
味は、自分の記憶にある味そのままだった。
「そう、シュテルちゃんも士郎さんや恭也、美由希と同じ剣士さんなのね。なのはと同じくらいなのにスゴいわね〜」
「別に、何も凄くはありませんよ。御神の剣は――彼女には相応しくないです」
恭也の隣り、シュテルからは斜め左に座って食事をするなのはは、本当に普通の小学生の女の子であるのに、今彼女はこの世界に散らばってしまった危険物を1人で回収している。
正直彼女は戦いに向いていない性格だ。
今はジュエルシードの暴走体と戦っているから良くとも、この先、おそらくは人とも戦うだろう。
その時が彼女の最後の退き際だろう。
そして暴走体によっては――
「ん? どーかしたの? シュテルちゃん」
「いえ、なんでもありません」
さり気ない視線に気づけるくらいには不破の血が受け継がれているらしい。
レイジングハートの修復が終われば、自分も万全の態勢で戦える。
それまでは優しい魔法少女に戦いを任せなければならない。
だがそれはある意味危ない橋だ。
シュテルは最初から自身の守るものの為に魔法の力を手にした。
戦うのも、御神流剣士として納得していた。
だがこの優しい高町なのははどうなのだろうか。
魔法に対する才覚。魔力総量も自身より上だろう。
だが、覚悟も信念も通わない力はとても脆い。
彼女が自分で戦う理由を見つけることができれば――
だが見つけられなかったその時は――
『We are until we fight.』
《そうですね、レイジングハート。私達が戦えば良いまでのこと》
リリカル・マジカル――
素敵で無敵な魔法の呪文。
それを唱えるのは彼女の役目。
イデアシードの存在は感じられず、そうなればクロノも居ない。闇の書がどうなっているかは八神家を訪れなければわからないが、はやても居ない。久遠もアリサも――そして兄も。
自分が危ない時に助けてくれた人達は彼女には居ない。
ならその役目を誰かがやらなければならない。
ジュエルシードの暴走体は、最初の思念体は確かに強くはない。弱い自分でも封印出来た。
だが実体を持つとかなり厄介だ。
というより、非殺傷設定なんぞジュエルシードにはない。
シュテルも、戦いの渦中で幾度となく『死』を経験した。
あの恐怖を乗り越えられなければ、死ぬしかない。
だが優しい高町家の人達が悲しみに暮れる事をシュテルは望まない。
護られてばかりだった自分を守ってくれる人はもう居ない。
今度はちゃんと守ってみせる。
御神流剣士として、高町なのはとして、高町家の日常を守る。
それがシュテルが新たに胸に秘めた生きる道だった。
To be continued…