香水 K×A
□真夜中の逆転劇
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「ねぇあ〜ちゃん、浮気してきたよ」
帰宅するなり、ゆかちゃんは私を軽く見下ろしながら衝撃的な台詞を吐いた。
玄関のドアの開いた隙間から漏れる生温かい外気が肌を触り、気味が悪かった。
少し笑ったゆかちゃんの表情も。
私は一瞬リアクションをとるのに遅れたが、彼女がそれに気がつくほどではなかった。
「ふ〜ん。」
ゆかちゃんの顔を試す目付きで見た。
彼女の表情や仕草から、冷静に言葉の真偽を見定める。
ゆかちゃんの前では、動揺してはいけない。
計算や打算が先になければ。
「へぇ、素っ気ない反応だね。本当なのに。」
ゆかちゃんはおどけたように笑いながら、靴を脱いで私の横をすり抜けていった。
その瞬間、心臓がキュッと痛むのが分かった。
私の心に影を落として、リビングへ飄々と歩いていくゆかちゃんが少し憎い。
どことなく険悪な雰囲気は、間違いなく今朝の喧嘩が原因だ。
「…ご飯はいらんの?」
ソファで携帯を操っているゆかちゃんにそっと聞くと、「いらん、食べてきた」とだけ言う。
彼女の気配から、相当な怒りが伝わってくる。
薄い半袖Tシャツにデニムのショートパンツを合わせた彼女を観察しながら、今回は私もやり過ぎたかなと思う。
彼女を裏切る行為はしていない。
ただ、いつものように不安にさせ過ぎただけだ。
私は彼女の怒りを鎮める目的で静かに側を離れた。
ハンバーグにラップを掛け、ため息を漏らす。
策中に嵌めようとすればするほど、彼女の気持ちは離れていく気がする。
きっと、ゆかちゃんはこんな私に疲弊しきっているだろう。
最初は上手くいった。
なのに、最近は。
私はほとぼりが冷めるのを待つ為、寝室に籠って雑誌を読んでいたが、段々寂しさに耐えきれなくなって、恐る恐るリビングへと歩を進めた。
「ゆかちゃん…」
カチャ、とドアを開いて覗き見ると、彼女は携帯を放ってふて寝していた。
ソファから転げ落ちたかのように、カーペットの上にうつ伏せになっている。
「ゆかちゃん、風邪引くよ?」
私がそっと肩に触れると、彼女は素早く払い退けた。
殺気立ったその様子は、さながら硬く尖った棘で威嚇するハリネズミだ。
私はびっくりして手を引っ込め、じっと彼女の次の言動に神経を集中させる。
「…もう、あ〜ちゃんなんて嫌い。」
小さく、ゆかちゃんは呟いた。
「…私は愛してる。」
「…。」
「ゆかちゃんを、愛してるんよ。」