香水 K×A
□軟禁魚
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この間から、彼女があまり口に出さない事。
出さなくても簡単に汲み取れる。
不安がっているんだろうなって。
青い水が満ちた水槽には、色鮮やかな熱帯魚が数匹泳いでいる。
ゆかちゃんはそれを目で追いかけながら、長い爪で水槽をカリカリ引っ掻く。
爪でカリカリ、ゆかちゃんの不安になった時の癖。
不安にさせているのは私。
そう仕組んだのは私。
一度不安になると、彼女のマイナス思考は果てがない。そこを利用する。
不安にする事で、頭の中を私で一杯にしたい。
呼吸さえ出来ないほど、想って欲しい。
一途に私だけの事を考えて欲しい。
初めて恋した時のあの苦しさを、いつまでも感じて欲しい。
だから敢えてギリギリの言葉を選択して、敢えてギリギリの行動をとる。
優しい顔で愛を囁きながら、頭の中では電卓を叩く。
どうしたらもっと支配できるのかな?って。
きっと、出会った時から私は彼女を好きだった。
とある拍子に、これは両想いだ!って直感した。
しかしすぐには手に入れず、遠い回り道をして、ようやく彼女を手の内に収めた。
きっと誰にも分かって貰えないだろうけど、私的には計算し尽くしてのあのタイミングなんよ。
ゆかちゃんに新しい恋人が出来る度、私は嫉妬で狂いそうになったけど、きっとその人には本気じゃないって、自分に言い聞かせて、何とか耐えた。
彼女を愛している。
それは、絶対的な運命。
彼女に愛されている。
それも、絶対的な運命にする為に。
私は理性で、造り上げるの。
「…ちゃんと生きてる?」
水槽を眺めているゆかちゃんに背後から寄り添い、耳に唇を付けて囁く。
「…、生きて、ない」
ゆかちゃんの低く潰した声から、押し殺した怒りが滲んでいる。
「えっ?生きとるじゃん。みんなピンピンしとるよ?」
敢えて気付かないフリをして笑ってやると、
「生きてないっ!ゆかの心は死んでるよ!」
ゆかちゃんは振り向き、ヒステリックに叫んだ。
私を睨む目は泣き腫らした後のように赤かった。
「ねぇ…なんで?昨日も、この間の夜も、この家に帰って来なかった!どうして…?ゆか、寝れなかったっ…。」
最初の勢いは次第に尻すぼみになり、ゆかちゃんは嗚咽を堪え切れなくなって、私の胸にぐしゃぐしゃの顔を押しつけた。
「ごめん。」
「だって、連絡も何もないしっ…」
「ごめんね。ケータイ充電切れとってメールできんかった。友達といただけじゃよ。やましい事は何もないけぇ。」
額に、鼻に、頬に、唇に、ついばむようにキスをする。
「愛してるのは、ゆかちゃんだけよ。」
ぎゅっと、折れそうな躯を抱きしめる。
ゆかちゃんは、私の頭を抱え込み、深いキスをした。私をそのまま壁に押しやって、「して」って、有無を言わさない口調で言った。
私はそれに優しい微笑みで応えた。
ぐちゃぐちゃに濡れた場所を指で激しく乱すと、ゆかちゃんは涙を流し、悲鳴にも近い声をあげた。
歓びも悲しみも全部全部、掻き回してあげる。
暗いトンネルを抜けたその先に、何度でも連れて行ってあげるから。
だから、ねぇゆかちゃん、こんな最低な私から離れないで。
「あ〜ちゃん、あ〜ちゃんっ…」
「愛してる。」
誰よりも不安なのは、私なの。
それをゆかちゃんに勘づかせたくなくて、必死なの。
馬鹿みたいよね?
「あぁっ…!」
最奥に埋めた指がきつく締めつけられる。
ゆかちゃん…
だからゆかちゃん、
「ねぇ、もっと壊していい…?。」
にこりと笑いかけると、ゆかちゃんは上気させた顔で、いいよ、って言った。情に濡れた瞳で早く、って急かした。
不安の中にゆかちゃんを閉じ込めてごめんね。
暗い水槽の中じゃ息が詰まるね。
縋るみたいに、首に絡みついてくるゆかちゃんの腕。
そうさせたのは私なのに、何を今更感傷的になっているんだろう。
広い海で自由に泳ぎたい?
ゆかちゃんがそれを望むなら、私は、私は…。
「ゆか…あ〜ちゃんしかいらない…」
2回目に果てる寸前、ゆかちゃんは笑って言った。
「あ〜ちゃんで、いい…の?」
「んあっ…う、ん…あ〜ちゃん、じゃなきゃ、ヤだ…っ」
ゆかちゃんがこの先も私の水槽で飼われる事を望んでくれるなら。
「あ〜ちゃん…っ…」
「うん…いいよ?」
また泣かせちゃうかもしれない、けど。
溺れるほどの愛で、満たしてあげる。
それだけは保証するよ、ゆかちゃん。
fin