香水 K×A

□コトノハ
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「好き」とか、
「愛してる」とか。

その言葉のどこに、信じる余地があるのだろう。
そんな陳腐な台詞のどこに、真実を見出だせばいいのだろう。
究極を言えば、何の感情を持っていなくても言える言葉。
もしかしたら愛情裏返って嘘かもしれないのだ。

ねぇ、あやちゃん。
私は、騙されている?



「ゆかちゃん…愛してる。」

行為が終わり、幸福感、心地よい疲労感、お互いへの愛に酔いしれ、
所謂情事の余韻を楽しんでいる、たった今。

私の悩みの一因となっている言葉を、彼女は投げ掛けた。
五年間片想いを続け、ようやく結ばれる事ができた私と彼女。
そんな愛しすぎる恋人が、愛を囁いてくれる。

本来なら、これ以上ない幸せの筈。
それなのに素直に喜べないなんて、私はひねくれてるのだろう。
何より、彼女の気持ちを疑うような真似、本当はしたくないのに。

「ふふ…好き。」
ほらまた簡単に、好きなんて言う。
彼女は、そういう人。
愛に溢れた人。

その愛は、時に私以外にも別け隔てなく振り撒かれてしまう。
あやちゃんのそういう所に惹かれたのだけど、そんな時にこそ、彼女の発する言葉の重みを考えさせられる。

好き、には色々な種類の好きがある訳だし。
それぞれ、度量にも違いがあるし、時効だってあると思う。
ねぇあやちゃん、全部教えて?
その好きの種類を、全部分析して、判断して、私に提示してみせてよ。
さっき愛を深めたばかりなのに、もう不安で張り裂けそうだよ。

「ゆかちゃんのね、」
あやちゃんが、私の髪を指に巻きつけて遊びながら、
おもむろに言葉を連ね出した。

「綺麗な髪の毛が好き」
螺旋状に髪の毛を巻き付けた指を差し出しながら、無邪気に笑った。
私が俯いて黙っていると、髪の毛を弄んでいた指を私の頬に這わして、瞳を細めた。

「つぶらな瞳が好き」
「可愛い声が好き」

順番に私の好きな所を挙げていく声と、私を見詰める瞳はあまりに優しい。
なのに、という逆接の接続詞を繋ぐべきか、
だから、という順接の接続詞を繋ぐべきか。
心に閉じ込めていた気持ちがうっかり口の端から溢れた。

「ねぇ、本当に好き?」

自分でも驚くほどに、冷静な声だった。
部屋の温度が下がった気がして、ぞっとした。
あぁ、言うんじゃなかったな。

うっかり暗い心の内を彼女に露呈してしまったことによる後悔が私を苛む。

しかし、彼女は気を悪くするでもなく、ふっと頬を緩めた。
意外に思って目をきょときょとさせていると、いきなり抱き締められた。
柔らかくて温かい彼女の胸元に埋もれ、
あやすようにポンポンと背中を叩かれる。

何も言わないまま規則的に続けられる動作に、次第に涙が滲んできた。

言葉で伝わり切らない愛が、背中を叩くリズムに相俟って伝わってくるから。
あやちゃんは私が求めているものを分かってて、扱い方も把握している。

そういう人。

きっと私のことなんて、お見通しなのかもしれない。
胸を熱くしていると、そっと身体を剥がして、私の瞳を覗き込むあやちゃ ん。
綺麗な瞳に至近距離で射抜かれて、動けない。

「あ〜ちゃんは、ゆかちゃん無しじゃ生きていけん。…それくらいの気持ちなんよ?」

気圧されてしまうほど、真剣な彼女。
言葉も、瞳も、真っ直ぐで。

「…う、ん。」

私の不安は、あっけなく切り払われた。

「私の気持ちは本気じゃけぇ。…信じて?」
「…うん。」
私は鼻を啜った。
「ごめんね。私も、あやちゃんのこと、好き。」

よかった、と呟き私のおでこにおでこをくっ付けるあやちゃん。
私の瞳から、温かい涙が、止めどなく溢れていく。
それを拭ってくれるあやちゃん。
この人は、私を愛してくれている。
私は、この人を愛している。
それは疑う余地のない事実なんだと、思い知らされた。

「好き」とか
「愛してる」とか。

その言葉自体は、疑り深い自分には信じられる余地なんてない。
でも、それが大好きなあなたから発される言葉なら。
それは私の心を揺さぶる、魔法の呪文に変わる。



fin

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