魔法少女リリカルなのはStSsyo
□prologue
1ページ/1ページ
「俺の、せい……」
黄昏時の空を覆う夜の闇。この時期のこの星では真っ暗闇となる時間帯だ。
しかし辺りを闇が覆うことはなかった。
理由は簡単だ。
たとえ空が暗くても、地上の光が絶えず光彩を放っていればその周囲だけは明るくて当然。それも燃え盛る火の回りが早ければより一層。
建物が、木々が、まるでその存在感を際立たせるように燃え上がる。
「そうだ、俺が……」
そんな場所に佇むは一人の少年。
背は高くない。十二、三程だろうか。整った顔をしており首に巻かれたチョーカーが印象的だが、その特徴も今は他に隠れてしまっている。汚れた顔、防護服であるB.Jは破れ、流血も決して少なくはない。一言で言い表すならボロボロだ。
だが真に傷だらけなのは心。
虚ろな紅眼は何も映らない。火の手も、瓦礫も、目の前の少女も。
彼の心は今この瞬間に死へと向かっているから。
魂は身体に惹かれていく、と誰かが言った。見た目が若ければその言動や行動にも若さが滲み出るし、老いた外見ならその逆も然り。
なら逆にこうは言い換えれないだろうか?
魂が死んでいたら身体も死ぬのではないかと。
今の彼の状態はまさにこれだ。
彼の心に同調するように周囲の温度が身体の熱を奪っていく。
流血もしているその身だ。このままいけば本当に物言わぬ身体へと変わるだろう。
けどそれでもいい、と彼なら言うだろう。もっとも、そのような思考を働かせられるのならだが。
――もう何も信じない。
それは誰の事を言っているのか。
他人なのか、もしくは自分になのか。
一つわかることは今の彼は信じられるものを何一つ持たないということだけ。
「そんなこと言わないで!」
だからもしこの少年を救えるものがいるとすれば、それはきっとこの場にいる彼女のみ。
「何も信じないなんて悲しすぎるよ! 貴方にだって、きっと信じれるものがあるはずだから!」
「そんなもの……そんな人はもういない! みんな、みんな俺を騙してたんだ」
「人間皆を信じてなんて言わない。でも、そうやって人間全てを嫌いにならないで! 私は……私は貴方の味方だから!」
そう訴えるのは金色の少女。その姿は少年と同様傷だらけ。なにせ死闘を繰り広げ、彼を下したのは他でもない彼女自身なのだから。
ボロボロな二人の違いはただ一つ。生きとし生きる者が宿すその瞳に光が灯っているか否か。その少女が少年に叫び掛ける。
少年を助けたい一心で。
だがその想いも少年の殻を壊すには届かない。
「うるさい! そうやって……そうやって皆俺を騙すんだ! 俺は、俺はただ……!」
――ただ人助けがしたかっただけ。
助けたい。助けなきゃいけない。でもどうやって。
その方法を知らず、なまじ幼かった少年に大人たちは教えてくれた。
――君の力が多くの人を救うんだ。
――私たちはそんな研究をしているんだ。
――その研究を潰そうとする奴らがいるんだ。
――君の力を貸してくれないか?
少年はその話に飛びついた。
そうして少年は侵入者を排除する用心棒となり、戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦い抜いた。
ただそうすることが人助けに繋がると言われたから。
そして今日、この日、それが嘘だとわかった。
少年はただ騙されていたのだ。
これはただそれだけの事。
だがそれでも彼の心が壊れるにはそれで十分すぎた。
「もう嫌なんだ。人なんて嫌いだ。一人にしてくれ」
誰も信用できない。大好きだったあの人ももういない。あの人の役目さえ果たせなかった。なら俺が生きてる意味なんてあるのか?
少年の陽だまりはもう帰ってこない場所にある。
ナライッソアノトキノヨウニ。
――死んだって構わない。
そう呟いた。
「ダメ! そんなに簡単に人生を諦めないで! 貴方にだってきっと居場所があるはずだから!」
「来るな、来るなよ! 居場所なんてもうないんだ! 何も知らない癖に、勝手なこというな!」
歩み寄る少女を拒絶するように彼は叫び、魔力剣を撃つ。剣は彼女の頬を通過し、新たな朱線を創る。
「確かに私は貴方のことを知らない。無責任なことばかり言ってると思う」
「来るなよっ! ほっといてくれ!」
「ほっとけないよ。今の君はなんだか昔の私みたいだから」
「そんなこと知らない! 来ないでくれ!」
泣きそうな声で叫びながら次々と魔剣を放つが体力と共に精神が摩耗している少年では真っ直ぐ歩く少女に掠らせることしか出来ない。
しかしたとえ威力はなくても掠るだけでも当たっていることは事実。当然、血は流れるし、痛みもする。
だがそんなことじゃ、その程度じゃ彼女は止まらない。
こんな子を助けるために彼女は執務官になったのだから。
――それに。
「来るなああああ――――ッ!」
咆哮と共に巨大な魔剣が精製され真っ直ぐと少女へと向かう。今度は直撃コース。少女とて戦闘後の身体だ。避けなければ怪我だけでは済まないかもしれない。
だが少女は避ける素振りさえ見せない。
その代わりに動いたのは彼女の口元。
「君も心の底では助けを求めてるから」
ほらね、と直撃寸前で露散する剣を前に少女は微笑する。まるでこうなることが分かっていたように。
そうして目の前にやってきた少女は――
「ぁ……」
少年を抱きしめた。
優しく。
壊れないように。
ただ殻だけを溶かすように。
「そんな悲しいこと言わないで。居場所がないなら作ればいいんだよ。私が貴方の居場所になる」
「ぁ……ぁぁ……」
「私は絶対嘘つかないから。いつだって貴方の味方でいるよ。一人じゃないから。だから、もう一度頑張ってみよ?」
――いい? 私は貴方の味方。一人じゃないのよ。だからもう一度私と生きてみない?
脳裏を過ぎる過去の記憶は少年の始まり。原初の黎明。
その記憶が、少女の想いが、少年の殻を徐々に溶かしていく。
「ぁ、あア……ぁぁああ」
「泣いてもいいんだよ。私が受け止めるから」
「あァァぁぁあああああああああああああああアアアア――っ!!」
張っていた線がプツリと切れたように涙腺が崩壊し、少年は少女の胸に顔を埋め、泣き明かした。
これが少年にとって三度目の人生の始まり。
大事な陽だまりのプロローグ。