短編小説集

□数年後のクリスマス
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???side
《???・???》
AM:7時10分


(………朝?)


心の中で、そう呟く。
ベッドに寝たきりのまま、朧気で歪む視界で世界を認識する。

脳が覚醒しきれていない為に理解するまでに時間が掛かる。
洩れ出る欠伸を噛み殺し、漸く覚醒してきたのだと、脳内の靄が取り払われてゆく感覚にそう実感する。

そこは見慣れた簡素な物だけが置かれた、自分の部屋であった。
木製の箪笥や、ベッドサイドテーブル等、置かれている調度品はその程度だ。
部屋の色も白を基調としている為に、相まってか更に味気なく、殺風景に見える。

殺風景な部屋だと、私自身も思う。
テレビもパソコンも、現代機器の類は一切無い。

携帯電話も、その充電器すらもない。
あるとすれば、窓際に飾られている小さな発光するモミの木のオブジェ位だろう。

両親、特には多くいる母親にはよく心配される。もう少し女の子らしくしなさい、と。


「………消えて」


小さく小鳥が囀る様な声でそう口にする。
それは小さな微風にすらかき消される程の小さな声、けれどそれは“絶対”のお願いだった。

その声を皮切りに、窓際で七色に輝いていたオブジェは命令を受信したかの様に発光を停止する。

起き抜けの冴え切らない瞳には、あまりにも目に痛すぎた。
そもそも、あのオブジェは昨日父が部屋に飾っていったものだ。

なんでも、明日はいよいよその日だからと。直に森から伐採してきたらしい。

何の日なのかは聞かされていない。
何かの行事らしいが、この“世界”に来てから一ヶ月程の私には全くもって見当が付かない。

それでも、この一ヶ月の日々は楽しいと思える。
その証拠に、毎日がつまらないとは思わない。それは日々が充実しているからだろう。

元はこの世界で生まれた私だが、幼少時の記憶はない。
それに、物心ついた時には別の時間樹の世界で過ごしていた。
この世界が生まれた世界だと言われても、俯瞰していて実感はない。


「―――“ユー”、起きているか?」


そう部屋の扉越しにくぐもった女性の声が聞こえてくる。
その声の主は数多くいる母親の内の一人のモノだ。私の愛称を口にしている。

私はベッドから抜け出し、サイドテーブルに掛けてあった上着を羽織る。
布団から抜けると、暖房で緩和されているが寒さを衣服越しに感じる。

カーテンを開けて外を見れば、ちらほらと白い画用紙を手で形不揃いに千切って空から落した様に白銀色の小さな粒が舞っている。

更には覗き見るつもりはなかったが、外の家の庭にはめでたい紅白色の服と帽子を被り、背中に袋を携えた人形が飾られている。

昨日までは、あんなものはなかった。

これも、この世界特有の物だ。
四季といって、この世界には季節というものがあるらしいのだ。

私が育った世界では、存在しなかったモノだ。

私の髪と同じ淡い白銀色の粒。雪というらしい、これも父に教えて貰った知識だ。

待たすのも悪いので、私はサイドテーブルに置いてあったスケッチブックを手に、扉を開けて外に出る。


「起きてたか、ユー」

『おはよう、ジャンヌお母さん』

「ああ、おはよう」


スケッチブックを片手に掲げて、会釈する。スケッチブックを手にするのは人前で話す事を禁じた、私の意思疎通ツールなのだ。

そこにいたのは私の産みの親で同じく白銀の美しい髪をした女性、ジャンヌお母さんだ。

お母さんと言ったが、見た目は完全に十代半ば程。
ちなみに、私が生まれてからもその姿はまるで変わっていない。

まぁ、永遠存在である為に歳を取らないのだから当然ではあるけれど。

私も、それと似た様な存在だから驚きはしない。
そもそも、この家の住民自体が皆異常なのだ。


「メリークリスマス、ユー」

『メリー、クリスマス?』


投げ掛けられた言葉の意味が理解出来ない。思わず小首を傾げる。
生まれてきてから聞いた事のない、まるで未知の言葉だ。


「…ああ、ユーはクリスマスについて知らなかったな。クリスマスというのはな―――」


母は教え子に教鞭を執る女教師の様に、私にその知識を分け与えてくれる。


―――少女説明中。


なるほど。
他国では宗教関連の日であるが、形骸化し、この国では宗教関連ではなく、皆で集まり、わいわいと騒ぎ、子供がサンタクロースと呼ばれる紅白色の服を着た老人からプレゼントを貰う日らしい。

じゃあ、さっきの庭先の人形がそれなのだろうか?
そんな思考の最中―――


「あー、ユーユー!ジャンヌ、おはよう〜」


その声に、思考から現実に引き戻される。
間の抜けた、底なしに明るく陽気な声で私の愛称を口にする。

自然と、視線がそちらに向かう。
そこにいたのは―――


「…理子、お前は朝からなんという格好をしているんだ」


先程、頭の中に描いた紅白の衣装を身に纏った老人の服の女性版を纏った金髪の少女がいた。
髪はツーサイドアップに束ねられ、その衣装は胸元が大きく開いて、豊かな胸が覗いている。スカート部分はかなりのミニスカート具合。

少し動いたりすれば、下着が見えてしまいそうだ。

私ならばスタイル的にも着れないし、羞恥的にも着れない。
というか、ぶっちゃけ罰ゲームでも着たくない。


「明日は、聖夜であり性夜だよ〜?一日早いけど、これできーやんを悩殺しちゃうんだよ♪」


そう言いながら、理子お母さんは一足先にリビングへと向かう。
それを追う様にして、二人でリビングへと足を向ける。

行く最中、お母さんが軽く頭を抑えて溜息を吐いていたのは見なかった事にしておく。
理子お母さんの場合は突発的だから、もう慣れっこだ。






1







自室のある四階から二階にある、リビングへと降りる。
するとこの家の大黒柱であるお父さんが、ソファーに腰掛ながら珈琲を啜り、新聞を読んでいた。

物騒な事に、ソファーの前に立て付けられたテーブルには拳銃が置かれている。

キッチンでは朝食の準備に忙々と白雪お母さん、カナお母さん、ユーフィーお母さんが取り組んでいる。
まだ、お父さん達は私達の存在には気付いていない。

リビングに視線を向けて、一周するとクリスマスの飾り付けなのか私の部屋に飾ってあったオブジェの大きな物が窓際に飾られている。


「…きーやん♪」

「……んっ、理子―――」


心底甘い声で、理子お母さんはお父さんに語りかける。
それに新聞から顔を上げて、視線を向ける。

そうして、しばしの動作停止。
それから少しして、口に含んでいた珈琲を、新聞に向かい噴出す。

幸いな事に、フローリングは汚れる事はなかった。


「―――ちょっ、おま、朝からなんて格好してるんだよ?!」

「ふふっ、どうどう?今どんな気持ち〜、興奮してる?」


その豊満な胸を押し付けて、そう甘く耳元で問い掛ける。
それに対して、お父さんは激しく狼狽する。


「―――するかッ!!ええい、いいから離れないか!」


強引に、自身に引っ付く金髪美少女を引き剥がす。
その際に、その豊満な胸が形を変えて押し付けられたが、それは事故だ。うん、事故だ。

マシュマロみたいな柔らかな感触が、服越しに感じられた。
そう感じたが、時夜は自身の胸の中へと留める。


「……大体。そういった格好は普通、夜にだな…」

「んっ〜?夜にならいいの?」

「…まぁ、今は子供達もいるしな。そういった事はなるべく控えてだな。」


リビングに入ってきた私と視線が合って、何処か言い辛そうにそう口にするお父さん。


「…おはよう、ユー。」

『おはよう、お父さん。メリークリスマス』


優しく、表情を綻ばせてお父さんはそう口にする。
私もそれにならって、スケッチブックに文字を書いて、淡く微笑む。

本当に、家族や親しい者達にしか解らない程度の感情の機微だ。
私は自分でも解っている事だが、あまり感情を表に出す事が得意ではない。


「おや。今日がクリスマスってまだ、ユーには教えてなかった筈だが。」

『ジャンヌお母さんに訊いた。』

「そっか、本当は当日になってから驚かせようと思ってたんだけどな…メリークリスマス、ユー。」

「さっ、ユー顔を洗って着替えてくるといい。それまでに朝食の用意が出来る筈だ」


ジャンヌお母さんにそう言われて、私はキッチン横を通って洗面所に向かう。
その途中で、三人のお母さん達に挨拶を済ます。


「…あっ、ユーちゃん。部屋に戻るなら雪くんの事見てきてくれないかな。あの子、ちゃんと起きれてるかどうか、不安だから。」


白雪お母さんにそう言われ、私は肯定を示す様に首を縦に振る。
雪花。白雪お母さんの実の息子で、私の異母兄弟に当たる弟だ。

だからといって家族間で仲が悪いとかそんな事はない。
これまでの話で解る様に、家の家族は一夫多妻制だ。

父親は時夜お父さんで、母親に当たる人物が多々いる。
お父さんが天然の自覚の無い女誑しで、お母さん達は幼い時より好意を持ち続けていたとか。

かなりの際どいアプローチを掛けても気付かないお父さん対して、お母さん達は逆レイプ紛いな方法を取って、自らの好意を伝え、責任を取らせたらしい。

まだ、マシな方だろう。
私が読む小説の中には背後から刺されて死んでしまう様なフラグ乱立男も存在する。
それに比べれば、かなりマシな方だろう。

それから暫くの間、お父さんが女性恐怖症に陥ったという。

同じ女として、お父さんの鈍感は罪だ。それ位の罰は当たっても仕方がないだろう。
むしろその程度済んでいるのだからいい、これ程までの美少女達に想われているのだ。






2







時夜side
《自宅・リビング》
AM:7時15分


ユーが一度部屋出後、朝から疲れ果たしていると不意にそれは聞こえてきた。
何やら、リビングの扉の前からウチの女衆の声がしてくる。

……この声、理子か?それとレキ。もう一人いる様だが、声が小さすぎて聞き取れない。

先程はあいつのせいで、大いに疲れた。
全く、子供がいる前で朝からなんて事を言いやがるんだ。先程の事を思い出し、思わず溜息を吐く。

……危うく、子供の前でヒスる所だった。


「……恥ずかしいです、よ」

「大丈夫大丈夫、みーちゃんなら大丈夫だよ」

「…ええ、よく似合ってますよ」


扉越しの為か、若干くぐもった声であるが。
その会話に、何処かしら嫌な予感を感じる。


「……なあ、イリス。ジャンヌ。何かしら嫌な予感がするのは俺の気のせいか?」


首元に掛けられた長年の相棒である、機械水晶に。
自身に寄り添う様に、ソファーに座るジャンヌにそう問い掛ける。


「…理子の事だ。また良からぬ事を考えているのだろう。」

『…さあ、どうでしょうね。気になるのであれば確かめてみては?』

「…いや、止めとく。」


自らパンドラの箱を開く様な真似はしたくない。
俺の第六感が危険信号を発しているのだ。

そうこう思案顔で新しくジャンヌに煎れて貰った珈琲を啜っていると、その箱は唐突に開いた。
扉が開き、入ってきたのは先程のサンタの女版の様なコスプレチックな格好をした妻達であった。

理子に背中を押される様にして先頭を切ってきたのは黒髪に女性らしい豊満な身体付きをした少女だ。
数多くいる妻の中でも、そのスタイルの良さは上位に入り込むだろう。


「……あぅ、時夜さん。」


視線が重なり、佇まいを正す美咲。
その仕草も相まってか、なんと言うか……エロい。

そもそも、美咲がこんな大胆な格好を出来るとは思えない。


「どう、きーやん?みーちゃん似合ってるよね♪」

「……ああ、似合ってるよ。美咲」


恐らくは、理子の入れ知恵だろう。

けれど、それは純粋に心の底から思った事だ。
ただ、その整った容姿、仕草で俺的にはヒスりそうで怖い所だが。

ミニ過ぎるスカート、胸元が大きく開いたデザインからは色々と危ないモノが見えそうになる。


「それでね、みーちゃんがきーやんにお願いがあるんだって」

「…お願い?」

「…はぃ……私も、クリスマスプレゼント、欲しいです…」


お願いと言われたから何事かと思えば、そんな事か。
子供達だけではなく、妻達にも日頃のお礼としてプレゼントは考えていた。


「うん、それは考えていた事だし大丈夫だよ。何かリクエストがあるのか?」


俺がそう言うと、美咲は何処か恥ずかしそうに、言い淀む。
そうして、もじもじと身体を摺り寄せて、顔を赤くしている。


「……赤ちゃんが欲しい、です」

「………はい?」


今、彼女はなんて申した。
……俺の聞き間違えじゃなければ、子供が欲しいと言わなかったか?


「……リアリー?」

「……私も、時夜さんとの子供が欲しいです」

「理子も〜」


話をややこしくする様に、レキと理子がそう言葉を発する。
確かに、この三人はまだ子供がいない。だけど…。


「……いや、子供はそんな簡単には」

「ちなみ、私達三人とも今が危険日です。」


俺が困惑気味にそう告げると、さらっと爆弾発言をレキが発しやがった。


「やりましたね、時夜さん。家族が増えますよ」

「おいバカやめろ」


昔のレキは真面目だったのに、すっかりとキャラ崩壊してしまって。
着ている紅白のコスプレ姿も意外と似合っている。俗世に大分染まってしまったな…。

昔の風に従っていた無感情時代よりはいいのかも知れないが。嬉しいやら悲しいやら。


それから、宥める事に数分の時間を有した。
……ハァ、朝からまた酷く疲れた。頭が痛い。


それから、ユーや息子達が起きて来て朝食の時間となった。

今日はクリスマスという事で、朝ながら豪勢な朝食であった。
白雪やカナ、ユーフィーの合作で和洋中とその他の料理が揃っている。
食欲がそそる様な良い匂いがしてくる。


「…今日はホワイトクリスマスか。」


外の天気を見ながら、そう口にする。


「じゃ、頂きます」


そう俺の言葉と共に、皆で手を合わせて合掌し、朝食へと手を伸ばす。



そんな、クリスマスの朝の一時であった。

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