短編小説集
□夜明け色の旋律
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《第108管理外世界・エリファリス》
雲間から差し込んだ月明かりが、暗闇を切り裂く様に水面を照らす。
冷たい風が吹き、白銀の輝きが瞬いて風に靡く。
満月の光を映して輝くその存在は……まるで地上に舞い降りた女神の様であり。まるで魔性の月の如く、見る者達がいれば、その瞳片時も離す事は出来ないだろう。
まるで一枚の高名な絵画の様に、それほどまでに幻想的な光景がそこには広がっていた。
「…………」
湖を背にして。
黒衣を纏ったその存在は、美しい白銀の髪を風に靡かせて眼前を無表情ながらも苛立たそうに眺めていた。
文明レベル0の生物の生息しない無人世界、そこにその存在はいた。
その朱の双眸に映るのは、この世界には存在しない文明の遥かに高度な技術で造られた構造体。
「………ハァ」
制圧を終えた研究施設を見据え、懐から出した煙草に火を点けて、一息吐くと同時に溜息を吐いた。
ご丁寧に地脈の地力と、空気中の魔力によって構成され、複合結界によって世界から隠蔽された構造体。
その内部では、現管理局法では承認されていない非合法な研究が行われていた。
「…また、ハズレだったか」
また。
その存在が言った様に、その者はこれまでも同じく非合法な研究を行っていた施設を襲撃・破壊してきた。
今回も、探していたものではなくハズレを引かされた。
軽く舌打ちをして、吸い終えた煙草を地面に落して苛立ちを乗せる様に靴で蹂躙する。
「……一佐」
「…リアか、何か掘り出し物はあったか?」
研究施設から出て来たのは、軍服のコート纏った美しい金髪の少女。
金の髪が月明かりを帯びて、闇夜を照らす。
歳は十代中半といった所。
その手には少女が持つに相応しくない機械的な銃が握られていた。
「いえ、深く潜ってみましたが“彼等”に関する関連・痕跡すらありませんでした。」
「…そうか、“アレ”の情報も当てにならないな。」
その報告を聞いて、新たな煙草を口に咥えて嘆息する。
「仕方がありませんよ。元々情報が少なすぎますから」
「違いないな。また振り出しか…」
新たな煙草に火を点けようとするが―――
『ご主人様、流石に吸い過ぎですよ?』
『うん、ヴァレスの言う通りだよ主様。』
そう、自らの腰に携えた二振りの剣が語り掛けてきた。
インテリジェント・デバイス“ヴァレスティアス”。永遠神剣第四位『夜明け』。
それが彼女達の名前だ。
「僭越ながら、私もそう思いますよ一佐。」
どうやら、この場に自分の味方はいないらしい。
大人しく、咥えた煙草を戻す。
『吸わないで下さい、とは言いませんがご自愛ください』
『そうだよ、もしそれで早く死んじゃったら“春蕾”も悲しむよ?当然、私達も悲しい。』
「…ああ、わかったよ」
……そんなに軟な身体ではないんだけれどな。
お前達は俺の保護者かと、言いたくなったが発言を控える。
「それで一佐、中にいる無力化した違法研究者達の処遇はいつも通りで?」
「ああ、これ以上は潜っても何もなさそうだしな。婆さん達に連絡を入れておけば、付近を航行中の次元航行部隊が回収するだろう。」
「念の為に、全員昏倒させてバインドを掛けて一カ所の部屋に固めていますが、封鎖結界で部屋ごと一応隔離しておきましょう。」
「ああ、頼んだ。」
了解しました。そう言い、再び構造体に消えて行く少女を見送る。
それを見送り、何となく空に目を向けた。
『はぁ〜い、お久しぶりね』
そんな時だった、俺の元に一本の通信が入ったのは。
目の前の空間にモニターが現れて、闇の中でその存在の顔を仄かに映し出す。
その存在の顔立ちは息を呑むほどに端整で、中性的な顔立ちをしている。
「何だ、ばあちゃんか」
『あっははは……死にたいの、詠?』
詠と呼ばれた存在の第一声に、目の前のモニターに映し出された若い女性は笑うが、次の瞬間には背筋が凍る程冷たい声でそう口にした。
実際に対面しての会話であれば、今頃細胞も、灰塵も残らぬ様に燃やし飛ばされている事だろう。
実際には俺は死ぬ事が出来ないのだけれど、その光景が安易に想像出来る為に、背筋に冷や汗が伝う。
「…じ、冗談だよ。蘭華さん。久しぶりに見るけど相変わらず若いね?」
まぁ、目の前の女性は永遠存在だ。
永遠存在はなった時より身体の成長が止まる。
その代わりと言ってはなんだが、自分で身体の年齢を弄る事が出来るけれど。
『あら、そう?そう言われるとお世辞でも嬉しいわね』
俺の言葉に、笑みを浮かべる。
内心でとりあえずは溜息を吐く。危機は魔逃れた。
まぁ、向こうも本気ではないだろうしな。
「……それで、俺に何の用事さ?」
『…ああ、それね。まず一つ、“八人目”が生まれたわ。まぁ、公には七人目でしょうけれどね。』
「…へぇ、どこの馬鹿だろう。神殺しなんてしたのは」
『日本人よ。殺した神格はゾロアスター教の英雄神ね』
「…となると、ウルスラグナか?十の化身を持つとされる。厄介な神格を相手によく勝てたものだ。それなりに、高名な術者か?」
『いいえ、全くの一般人ね。家系は術者の家系だけれど、当の本人には術の才覚は無し。』
「…へぇ、興味はあるけれど他にも話があるんでしょ?」
『ええ、もう一つあるわ。実はね―――』
こうして、物語は幕を開く。
約束された、永劫に回帰し続ける物語。