学戦都市アスタリスク-雷帝の凱旋-

□第二話
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???side
《星導館学園・女子寮》
AM:7時10分


今現在、少年と少女は互いに視線を外す事が出来ず、見つめあっていた。
着替え中であった少女は、そのまま微動だにしない。

今起きている現象を理解出来ていない様に、俯瞰しているかの様に。
まるで、自分の世界に存在しない存在を認知出来ないかの様に、それを認識出来ていない。


(…ご褒美とでも思っておこう)


表面上は心底驚いた顔を演じているが、その実態は違う。
少年は過去既に、表面と内面を区切る術を得ていた。

俺はこの後に起きる出来事を冷静に想起し、無情にしてそう心の中で呟く。
これからの事を思うならば、この程度は役得があってもいい事だろう。

そんな少女を、冷ややかな冷色の双眸で見据える。
少女の年は少年と同じく十代半ば頃だ。

若葉の様に淡い碧色の瞳。新雪の様な柔肌。
腰まで届く長い髪は抽象的な色立ちをしており、強いて言うならば薔薇色が当て嵌る。

しかもその少女の姿は着替え中ともあり半裸だ。
上半身の制服は胸元が大きく露見、その肌着までもが無防備に晒されている。
スカートへと足を通していたが、その下半身の制服もまるで意味を成していない。


(……容姿で言えば、軽く見積もってAは行くか)


無粋にも乙女の裸を盗み見ながら、少年はそう不躾ながらに採点を施していた。


「…ご、ごめん!そんなつもりはなかったんだ!!」


一応の所、上辺だけの弁明をする。
初々しい、女人の身体に見慣れない思春期の少年の仮面を被る。


「な、な、な……!」


少女も漸く状況を理解したのか、顔を真っ赤に染めて、肩を震わせている。
それは羞恥心からか、怒りからか、またはその両方か。

いずれにせよ、怒声か悲鳴が飛んでくるものだと少年は理解した。
だが少女は気丈な性格なのか、瞳の端に涙を溜めて少年を睨み付けた。


「―――う、後ろを向いていろ!!」


感情を押し殺した様な低い声で、そう告げた。
それに習い、窓枠から外を見る様に身体の向きを変える。
そうして、軽く頭に手を添える。


(…全く、慣れない事などするべきじゃなかったな)


俺は数分前の軽率な自身の考えに悪態を吐く。
この都市は“戦場”だ。故に、その選択が自らの死へと繋がる事になる。

慢心にも似た様に、浮かれていた事も理解している。
その考えも、充分過ぎる程に理解している。

無闇に敵を作る事が、どれだけ自分の足を引っ張る事になるか、少年は散々“教わった”筈だった。

背後からの衣擦れの音。そして、それと同時に漂う妙に良い少女の匂い。


(…女というのは相変わらず、着替えに時間が掛かるな)


それに若干の苛立ちを感じ、内心で舌打ちをする。そうして携帯端末で時刻を表示させる。
内面とは違い、その仮面は人の良い優等生然としている。

そして、そんな事を思って数分。漸く、少女は少年に声を掛けた。


「……も、もういいぞ!」


漸く掛かった声に振り向く。
そこには、燦然と一輪の花の様に咲く少女がいた。

一分の隙もなく制服を着こなしたその姿は、先程の格好が嘘の様に気品と優雅さに満ちている。
不機嫌そうな表情に、険しい視線が、そうではなく不機嫌な態度を示していた。

だが元の容姿も相まってか怒った姿も何処か愛らしく見える。


「……それで?」

「何かな?」

「さっきお前が言っていただろう?ハンカチがどうこうと…」

「ああ、ハンカチか。さっき風に飛ばされて来たのを拾ったんだけど、これは君の?」


勿論、そこまで物分りが悪い少年ではない。待たされた意趣返しとして、一瞬空惚けた。
真新しい制服の内ポケット、そこで見えない様に乱雑に折りたたんだハンカチを直し、少女に向ける。


「―――!」


少女は一瞬大きく目を見開き、安心したかの様に深く一息吐いた。
そうして、少年の手からハンカチを受け取ると、優しく胸に抱き締めた。そして柔らかな声で口にした。


「…すまない。……これは、とても大切な物なんだ」

「いや、偶然に拾っただけだから」

「それでも助かった。本当に感謝する」


謙遜を装う少年に、少女は礼儀正しく深々と頭を下げた。


「……さて、これで筋は通したな?」


頭を下げたまま、呪詛を呟く様に少女はそう口にした。
その声は、先程までと違い、今にも爆発しそうな感情を帯びていた。

ゆっくりと、幽鬼の様に顔を上げた少女の顔には満面の笑み。
ただし、その瞳は一切笑っていないが。弧を描いた唇の端は、ひくひく…と痙攣している。

反論も許さずに、少女は無情にもその言葉を口にした。
少年はここまでの展開を読んでいた為に、内心で溜息を吐いた。


「では―――くたばれ」


次の瞬間、部屋の空気が一変した。
少女の|星辰力《プラーナ》が膨大に膨れ上がり、そして爆発する。大気が鳴動する。

指向性を持たされた|万応素《マナ》により元素が変換される。そうして事象が具現化する。


「……えっ、いや…ちょっと!!」

(…この万応素の変化は、|魔女《ストレガ》か)


表面上は焦りを醸し出しているものの、その内面は冷静。
そうして、冷ややかに少年は相手の本質を射抜いた。


「…咲き誇れ、|六弁の爆焔花《アマリリス》!!」


その言葉を引き金として、巨大な火炎が出現。
そうしてその炎は、少年目掛けて投擲された。それを四階にある窓から飛び降り、地上へと逃れる。

それとほぼ同時。
轟音が周囲一辺に鳴り響いた。見上げれば、空中では巨大な炎がその蕾を開いている。
それは紅蓮の花弁を重ねた、爆炎の大輪花だ。その威力や指しては計れない。

空気が緊張するかの様に振動し、熱を帯びた風が頬を撫でて行く。

火の粉が舞い散る中、開いた窓から悠然と少女が身を躍らせた。
少年同様、四階の高さを苦ともせずに優雅に舞い降りる。

それは|星脈世代《ジェネステラ》と呼ばれる、新人類と言っても過言ではない彼等には造作も無い。
万応素との適合によって、驚異的な身体能力を持った存在。それが星脈世代。

その星脈世代の中でも、遥かに稀有な存在であるのが魔女。
そして少年も|魔術師《ダンテ》と呼ばれる、稀有な存在である。

魔女、魔術師は、星脈世代としての身体能力に万応素と同調する事で世界の法則を捻じ曲げる力を有している。

アスタリスクに点在する六つの学園に存在する人間の大半は星脈世代。
故に、同胞である存在に出会う事には感慨もない。

世界から毎年集ってくる為に、この都市の星脈世代の人口も年々増えつつある。
皆が皆、自らの願いを叶える為に、この都市へとやってくる。

今目の前で相対している魔女の少女もそうなのだろう。
その少女の瞳は何かを成そうと決意を持った者の目をしている。遥か高みを見据えている。

その目には見覚えがあった。否、今も然りと覚えている。
自らの瞳、そしてあの日別れた“彼女”の瞳を深く想起させる。


「…ほう、今のを避けるとは中々やるようではないか」


少女は怒気を孕みながらも、関心そうに口にする。
少女の星辰力が、再び高まるのを感じ取る。


「…ま、待ってくれないかな?」


想定していたとは言え、少年はその機嫌を損ねていた。
定位置にあった眉は若干つり上がり、口も端を上げて緩やかな曲線を描く。

傍から見れば、引き攣った表情にも見えなくも無いが。
少年の、世界を敵視する様な態度が滲み出ようとしていた。直に元の温厚な好青年然とした顔に戻る。

その変化は本当に些細なものであった、普通の人間には認知出来ない微細なもの。


「何だ、大人しくしていればウェルダン位の焼き加減で勘弁してやるぞ?」

「…それは、中までじっくりと火を通すって事だよね?」


微塵も手加減がない。そして慈悲もない。
だが、少年はその少女の性格と態度を評価していた。


(…そうだ、此処は戦場だ…敵対するのであれば徹底的に叩かなければ自らの身が危険に晒される事になる)

「じゃなくて、命を狙われる理由を聞きたいんだけどな…」


空と惚ける様に、少年は問ってみた。


「…お、乙女の着替えを覗いたのだ、命をもって償うのは当然の事だろう!」


先程の事を思い出してか、少女は顔を赤くしながら物騒な事を告げる。
そんな少女の言葉を聞き、少年は内心で自問自答した。

(裸を見られた訳でもあるまいし、そんな喚く事か?まぁ、貧相ではあったが目の保養になったのは確かだが)


その内容は、心内が聞こえているとしたら少女を更に激昂させる言葉だ。


「…それじゃあ、さっきのお礼は?」

「あのハンカチを届けてくれた礼だ。だが……それとこれとは話が別だ」

「……そこは融通を利かせてくれてもいいと思うんだけど」

「生憎、私は融通という言葉が大嫌いでな」


薄く笑みを浮かべながら、言葉をばっさりと切り捨てる。
……全く、取り付く島もない。


「そもそも、届けるだけならば窓から入ってくる必要はないだろう?それも女子寮に侵入してくる様な変質者は袋叩きにされてもおかしくはない」

「……女子寮?」


思わず言葉を反芻する。
そうして、自らの額を押さえる。そして内心で毒づく、やはり慣れない事はするべきではなかったと。

そしてどうでもいい事だが、早朝に見たニュース番組の占いで最下位で女難の相が出ていた事を思い出す。


「まさか、知らなかったのか?」

「うん、僕は今日からこの星導館学園に編入する事になってるんだ。女子寮だなんて、一切知らなかった。そこは誓って嘘じゃない」

少女は訝しげに少年を、その瞳を見据える。
数瞬見つめ合い、少女はおもむろに大きく溜息を吐いた。


「解った、それは信じてやろう」


その言葉に、少年はほっと胸を撫で下ろした。
けれど―――


「だが、やはりそれとこれとは話が別だ」


そう告げた少女の言葉に、再び星辰力が大きく膨れ上がる。
そうして力の発動キーを口にする。


「綻べ、|栄裂の炎爪華《グロリオーサ》!」


少年の周囲を囲む様に、舗装された道を突き抜けて炎の柱が五本立ち上がる。
肌を炙る炎を感じながら、少年は驚いた様な仮初めの表情を浮かべた。

そんな少年に対し、少女は手を向けて言葉を紡ぐ。


「お前がハンカチを届けてくれたのは事実の様だし、わ、私のその…着替えを覗いたのも、まぁ一応わざとではないと信じてやってもいい!…あくまで一応だ」

「…本当に?」


少女は不承不承と言った具合に、言葉を続けた。


「しかし、此処がどんな建物なのか確認しなかったのはお前の落ち度だし、窓から入ってくる様なマネは非常識極まりない。それは解るな?」


少女が並べる正論。
それを言われては、返す言葉も見当たらない。


「私達は境界線上だ。私には私の、お前にはお前の言い分がある。となれば、都市のルールに従おうか、文句はあるまい?」


少年はその少女の指し示す言葉が何を示すのかを、刹那的に理解した。
それと同時に、癖になりつつある溜息を吐いた。

どっちにしろ、面倒事に発展する。
やはりは、慣れない事をするものではないと、何度も思う。


「お前、名前は?」

「……紗音、鉋」

「そうか、私はユリス。星導館学園序列五位、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトだ」


ユリスと名乗った少女は制服の胸に飾られた校紋の『赤蓮』へと右手を翳す。


「不撓の証たる赤蓮の下に、我は汝、紗音鉋への決闘を申請する!」


そうして、声高らかにそう宣言した。



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