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□金木犀
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「真田。」
部活も終わり、帰る支度をしていると突然、名前を呼ばれた。
振り返ると、そこには柳がいた。
「柳か。何か用でもあるのか?」
「いや、特に用は無いんだが…。」
「では、どうかしたのか?」
俺がそう問うと、柳が少し言いずらそうに下を向いた。
「その、だな…一緒に帰らないか?」
「あぁ、もちろん良いぞ。」
柳の誘いを喜んで受け入れると、柳は少し嬉しそうな顔をしたような気がした。
●●
急いで帰る支度を済ませ、柳と家の方へと進む。
お互い、中々口を開かない事が数分続いた。
「あの…」
先に口を開いたのは柳だった。
「真田、お前には…その、好きな人などは居るのか…?」
予想もしなかった話題に少し驚く。
「…れ、恋愛など、俺には縁の無いものだ。」
俺が冷たくあしらうと、柳は少し悲しそうな顔をした。
「そうか…。」
「柳、今日のお前は少しおかしいぞ?何かあったのか?」
「…何もない。大丈夫だ。」
「むぅ、お前は今、少し何かを考えただろう?どんな些細な事でも良い。言えば楽になる事だってある。」
俺がそう言うと、柳は更に言いずらそうにした。
「…。」
「柳、俺はお前が心配なんだ。このままでは、お前のテニスに支障が出てしまうかもしれないだろう?」
「…分かった。話そう。」
「そうか。では、聞こう。」
柳はいつもは閉じている綺麗に澄んだ瞳を開き俺を見る。
「俺には好きな人が居るんだ。」
「…ほぅ。」
柳は続ける。
「そして、その人は俺を恋愛対象として見てくれていない。俺は失恋をしたんだ。」
「…柳はそいつに想いを告げたのか?」
「いや、告げていない。」
「では、何故失恋したと断言出来るのだ?」
「…だって、その人は…」
「その人は?」
「…お前だから。」
「…。」
何も言葉が出ない。
「これで、俺は良かったのかもしれない。お前に…真田に素直な気持ちを伝えれたから。」
その間にも柳は勝手に話を進めてしまう。
「柳。」
「本当にすまない…。」
「柳、俺はお前を振ってなどいない。」
「?」
柳は不思議そうに俺を見る。
「…俺もだ。俺も柳の事が…好き、なんだ。」
一瞬にして輝きを取り戻す瞳。
そして、俺たちは誰にも見られないように、手を繋いで帰った。
おしまい。