番外編&短編&拍手
□●わざとですがなにか
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「なぁー。いい加減機嫌なおしーやー」
「…」
「そないな顔しても、楽しかないやろ?」
「…」
「…なぁーってば、」
桐皇高校からの帰り道、電車の中。
バスケ部主将の今吉は、隣に座ってふてくされている蘭に手を焼いていた。
彼女がへそをまげてしまった原因はわかっている。
もう何度目になるだろうか。
部活が終わるのを待ってくれていた彼女を置いて帰ってのは。
毎日、ではないが、時折バスケの練習が終わるのを待っていてくれる彼女。
そういう日は、昼間かその前の晩にメールなり電話なりで連絡をくれる。
断る理由もない。
むしろ、部活で忙しくてろくにかまってあげられないこんな男を好きでいてくれることに感謝するほどだった。
バスケを優先する自分を、笑いながら応援してくれる彼女。
しかも、試合当日は桃井と違う、桜井並のおいしい差し入れを用意してくれる。
ありがたい存在だった。
しかし、そんな彼女を、自分は度々置いて帰るのだ。
健気に自分の帰り支度が整うのを待ってくれている彼女を、うっかりを 装 っ て 忘れて帰るのだ。
もちろん嫌われたいわけではない。
むしろ、こんなことをしても嫌われない自信があるからするのだ。
現に埋め合わせのように、部活を早めに切り上げて蘭と一緒に帰りの電車に並んで座っている。
蘭は、ふてくされてこそいるものの、隣にいる自分を嫌がる様子はない。
それどころか、いつもより少しだけ近づくように座っている。
まるで、猫みたいな人だね
そう言ったのは、果たして自分か、彼女か、さてどちらだっただろうか。
普段は、まるでわがままを言わない彼女が、置いて帰った次の日にはこうやって甘えてくる。
口数が減りこちらを見ようともしないとなれば、一見無視されているようだが、その距離は今までより近いのだ。
ちょっと口をとがらせて、けれどぴったりと肩をくっつけて寄り添う彼女。
あぁ。なんてかわいらしい。
普段からこれくらい甘えてくれればいいのにと想うものの、そんなことを言えば大人びている彼女は逆に距離を置
く。
何より、たまに寄ってくるのが、これまたかわいらしいのだ。
「…もう、これで何度目?」
でも、置いて帰られるのが蘭にとって幸せじゃないことも分かっている。
「……片手じゃ足りんやろーな」
ほら。
やっとしゃべったかと思えば、その目にはうっすらと涙が溜まっている。
「……私のこと、嫌いになった?」
少しうるっとした瞳でこちらをうかがう彼女。
あぁ。
かわいい。
「そんなことあるわけないやろ」
これだから、彼女をいじめたくなるのだ。
「大好きやで」
end.