短編

□今だけは…
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「はぁ…やっと治った……。」

出すものを出してスッキリした俺は、帰る為に部室に鍵をかける。そしてその鍵を職員室に戻した俺は、そのまま学校の校門をでて自宅に向かう……はずだったのだが、ふと川岸に行きたくなり、そのまま川岸の方に足を向けた。


川岸についた俺は周りを見渡す。天馬達との練習でもここにきたが、改めて来るとひどく懐かしい。

「豪炎寺と初めて会ったのもここだったっけ……。」

ぽつりとそう呟いて物思いにひたっていると、遠くから人のうめき声が聞こえた気がした。続いて数人の男の声。今度は気のせいではない。




「お前のせいでさっきの女達が逃げちまったじゃねぇかよ!」

「どう責任とってくれんだよ、あ?」

「中坊のくせに生意気なことしてるんじゃねぇよ!」


中坊…?中学生かっ!
いまのを聞いているかぎり、男に絡まれていた女性を助けようとして逆恨みを買ったのだろう。
俺は声のした方へ走り出した。この近くで中学生となれば雷門の生徒の可能性が高い。それでなくとも、人が暴力を振るわれているのを見過ごすわけにはいかなかった。

「ったく…。こいつどうする?」

「川にでも放り込んどくか?」

「おぉ!いいなそれ!ちょっと足の方持てよ。俺は手持つから。」

「は、離せっ…!このっ……!」

いまの声……剣城のだ!!
俺は聞こえて来たのが橋のしただと見当をつけて走るスピードをあげる。

「おいおい。それで抵抗してんの?」

「いいから大人しくしてろよ。ここなら浅いから死にはしねぇだろ。まっ、死んでも俺達にはかんけぇないけどな!ハハハッ!」

「いっそ殺しちまおうか?中学生の男子。小学生でも渡れる浅い川で溺死事件とか良くね?」

「いいなそれっ!じゃあ誰か来る前にとっととやっちまおうぜ。」

男の声に続いてバシャッと水の跳ねる音がした。

「っと、暴れんなーこいつ。体も押さえちまうか。」

「安心しろよ?すぐに楽になるからさ。」

「何をしているッ!!」

俺は橋のしたにすべりこんだ。目の前には川に無理矢理、全身を入れられ顔を川の中に押さえつけられている剣城といかにも柄が悪そうな男が二人いた。

「あ?誰だてめぇ?」

剣城の頭を押さえつけている男がそう言う。剣城の体には男が乗っかっているため、剣城にはどうしようもなかった。

「そこの生徒の監督だ!そいつを離せっ!」

「なーんだ先公かよ。で?優しい優しい監督さんは俺達にどうしろと?」

「そこの生徒を返してもらおうかっ!」

「そんなことするわけねぇだろうがばーか!」

そう言って剣城を押さえつけていない男が俺に飛びかかってきた。だが俺だってだてにサッカーをやっていたわけではない。反射神経や動体視力には自信がある。

俺は男をかわしてから男の腕を掴むと、剣城に馬乗りになっているもう一人の男に向かって投げた。
男達はもつれて川の中へ転げこむ。瞬間、男の体が剣城の上からどいた。俺はそこに走り込む。すると男達は転びながら、「お、覚えてろよっ!」とお馴染みの捨て台詞を残して逃げていった。

俺はぐったりとして動かない剣城の体を川から引きあげる。

「剣城っ!おい!しっかりしろ!」

返事がない。

「くそっ!」

俺は剣城の体を岸に横たえると、剣城の口に自分の口を重ねて剣城の肺に空気を送る。そのまま胸を圧迫するために両手を胸のところに持っていった瞬間、剣城の体が痙攣した。

「…うっ…ゴホッ!ゴホッ!」

剣城は激しく咳き込み体を丸める。
俺は剣城が息を吹き返したことに安堵しながら、剣城の体を抱き寄せて背中をさすった。

「ゴホッ…ゴホッゴホッ!」

「剣城もう大丈夫だ。落ち着け。ゆっくり深呼吸をするんだ。」

俺がそう言うと、剣城の呼吸が少しずつ安定していく。

(こいつ……細い……)

剣城が大丈夫だと分かって少し頭が落ち着いたのだろう。いまさらだが剣城の体はずいぶんと細かった。

「うっ…はぁ…はぁ…。」

「……落ち着いたか?」

俺の声に剣城が焦点が定まっているかも分からない目で俺を見る。
やがて目の前がはっきりしてきたのか、俺の顔を見て眉をしかめた。

「あんた…なんで…。」

「そりゃあ大事な教え子があんな目にあっていたら助けないわけにはいかないだろ。大丈夫か?」

俺の言葉に剣城は弱々しく笑う。

「はっ…大事な教え子?馬鹿なこといってんじゃねぇよ…。」

そう言って剣城は俺から離れようと俺の体を両手で押してきた。
……だがその手には力がまったくこもっていない。

俺は剣城を抱き上げて、橋の柱に寄りかからせた。そして自分のジャージの上を脱ぎ剣城に頭からジャージをかける。剣城はもう抵抗する力もないのか、ぐったりとして俺のなすがままになっていた。

「………なんで。」

「ん?」

「なんで助けたんだよ……。」

剣城が泣きそうな声でそう言った。

「俺なんか……居なくなれば…よかった…の…に……。」

剣城の体がぐらりと傾く。
慌ててそれを抱き止めると、剣城は完全に意識を飛ばしていた。




『俺なんか居なくなればよかったのに』




「なんで………。」

なんで中学生一年生の子供がこんなことを言えるのだろう。俺は苦々しくそう思いながら、剣城を背負って橋のしたからでた。

ふとそのとき二人の人影が見える。あいつらが戻ってきたのかと思って思わず身構えたが、よくみると二人とも二十代くらいの女性だった。
女性達は俺を…、いや、俺の背負っている剣城を見て声をかけてきた。

「あ、あのっ!そ、その子…。」

「あっ…い、いやちょっと…。」

「も、もしかしてさっきの男達に?」

「…え?」

さっきのところを見ていたのだろうか?俺は少し考えてとぼけることにしてみた。

「……何のことですか?」

俺がそう聞くと、二人は顔を見合わせてから言ってきた。

「実は…、さっき男達に絡まれたんですけどその子が助けてくれて…。」

「他の人が見て見ぬふりをしてるなか、その子は『嫌がってるのが見て分からないのか?離してやれよ。』って男達に言ってくれて…。
そのあと私達に、『俺が隙を作りますから逃げてください。』って言って逃がしてくれたんです。」

「でも私達気になって…。だから怖かったけど戻ってきたんです。危なくなってたら警察を呼ぼうと思って。」

女性達はそう言うと、俺の背中にいる剣城を心配そうに見つめる。

「……大丈夫ですよ。」

俺の言葉に今度は女性達は俺を見る。

「多分人違いか、追っ払ったんじゃないですか?こいつ川岸でぐっすり寝てて、なにしても起きないから仕方なく家に連れて行くところなんですよ。」

まわりは暗いから、おそらく今剣城が濡れているのも、怪我をしているのもばれないだろう。
俺はなるべく明るい声をだして、笑顔でそう言った。

わざわざ戻ってきてくれた人に、自分達のせいだと責任を感じてほしくはない。

「ほ、本当ですか?怪我とか…。」

「怪我?そんなのありませんでしたけど?」

「…じゃあなんでジャージを被っているんですか?」

うわっ……一人鋭いな…。

「いくら春でもこんな時間に外にいたら体冷えててね。こいつ俺の教え子なんですよ。風邪をひかれても困るんで。」

「……そうですか。本当に大丈夫なんですね?」

「はい。何の心配もないですよ。」

俺はやはり笑顔でそう言う。
すると女性は納得してくれたのか、そのまま帰っていった。
お礼がしたいと言っていたが、剣城の性格を考えて俺がかわりに断っておいた。

(……さてと)

俺は剣城を背負い直し、今度こそと俺の家に向かった。
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