緑の巻物

□間違った知識
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その健気な幼子は、世界で2番目に好きな人の誕生日を知った。

自分にしてくれたように、その人にも何かを贈りたい…と思っていたのだが。

『何も贈らなくていい』という世界で1番目に好きな人の一言で、一時は諦めていた。

…しかし、やはり何かを贈りたいという気持ちの方が勝って、内緒で買いに行くことを決めた。

少しずつ貯めておいた全財産を持って。

「…え?隊長のプレゼント?」

ロッドは、頷くアラシヤマを見つめた。

「何を贈ったらえぇか、わからへんさかい…ロッド兄はん、一緒に買いに行ってくらはる…?」

片方しか見えないが、大きな黒い瞳で上目使いにお願いされたら…断る理由などない。

「うん、お兄ちゃんと一緒に行こ!」

「おおきに、ロッド兄はん!」

笑顔で礼を言う幼子の手を握って、ロッドは鼻血を拭きながら部屋を出た…。





街に出ると、色々なものが溢れている。

溢れすぎていて、何を選んでいいのか、わからなくなる。

アラシヤマは少し混乱しながら、ロッドと2人で街を歩いていた。

そして、ふとあることに気付いた。

食べ物…特にお菓子を扱う店には必ず、赤やピンクの包装紙に包まれた箱が山積みになっている。

「ロッド兄はん…これ、何どすか?」

アラシヤマは箱の1つを手に取って、素直な疑問をロッドに投げかけた。

「あぁ、それはね、バレンタインのチョコレートだよ」

明日は2月14日だからね。

そう言って自分も箱を手に取ってみる。

「ばれんたいん…?何どすか?」

初めて聞く言葉に、アラシヤマは首を傾げた。

「アーちゃんは知らないんだね。バレンタインっていうのはね、好……」

――ちょっと待て。

ここで『バレンタインは好きな人にチョコを贈る』なんて言ってみろ。

アーちゃんはマーカーだけに贈るに決まってる。

『お師匠はん、大好きどす〜!』とか言って。

それでマーカーは『馬鹿弟子が…』とか言いつつ、まんざらでもない様子で。

そして…、そうだ。

俺達特戦部隊の中でただ一人、アーちゃんにチョコをもらえたことを絶対に自慢する。

口では何も言わない。

あの目だ。

あの鋭い目は、勝ち誇ったように微笑むに違いない。

『お前達と私とでは格が違う』とでも言わんばかりに。

俺と隊長とGは悔しがりながらも、反論できずにただ見てるだけ…。

それだけは絶対に避けねば!!

――かと言って。

『バレンタインは家族にチョコを贈る』なんて言おうものなら。

アーちゃんは『わてには家族はおらへん…』て悲しい顔になっちゃう…。

けど俺がすかさず『俺達が家族みたいな…いや、俺達がアーちゃんの家族でしょ!』とフォロー。

アーちゃんは笑顔になって『おおきに〜!』とか言いながら、俺の頬にキスしたりして…。

しかし…だ。

『家族にあげる』となると俺以外のヤツラにもチョコが贈られる。

このふくよかな頬を赤く染めて照れながら、この小さな手でチョコを差し出し一人一人に『大好きどす』とか言いながら…。

俺ももらえるのは嬉しいけど、他のヤツラにも渡るのは嫌だ…!!

ロッドは3秒ですべてのパターンを分析し、この問題の答えを導き出した。

「バレンタインっていうのはね、友達にチョコを贈る日だよ」
 
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