橙の巻物

□右と左
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「アラシヤマ、手ぇ出してみぃ?」

食事も風呂も全て済んで、後は寝るだけ…という時間。

珍しく2人して酒を飲んでいたら、何の脈絡もなくコージが言った。

「…?」

怪訝な顔をしながらも、アラシヤマは素直に右手を出した。

――チリ…ン…。

気持ちのいい鈴の音と共に、掌に乗せられたのは、鍵。

ガラス製の小さな鳥と鈴がついた可愛らしいキーホルダーまであって。

「…何の鍵どす?」

チリ…ン、ともう一度鈴を鳴らして、アラシヤマが訊いた。

「この部屋の鍵じゃ」

酒を一口飲みながらコージは言った。

「は?なんで今頃…?」

この部屋で、共に夜を過ごし、共に朝を迎えるようになって、大分経つ。

その間、自分に鍵なんて必要なかった。

朝はコージが閉めてくれていたし、夜はコージが先に帰って開けてくれていた。

何故今頃になって、急に合鍵を…?

そう言いたそうな瞳をしているアラシヤマの肩を抱いて、コージは言った。

「明日から2週間の予定でY国へ遠征することになってのぅ」

遠征と言っても戦闘ではない。

先週、大規模な地震が起きたY国へ救援物資を届けるのだと言う。

貧しい国では、他国からの救援物資を、国直属の軍が奪い、横流ししてしまうというのは、よくあること。

それを奪われないように警護するのだ。

ガンマ団の方針は『殺さず』だが、襲ってくる連中はそうではない。

警護には防御力の高い隊が選出されるのは、当然のことだった。

「2週間…」

コージの防衛力は知っている。

だから何の心配もしていない。

けれど少し不安そうに、アラシヤマは呟いた。

「わしがおらんでも、ちゃんとこの部屋に帰ってくるんじゃぞ?」

そのための、鍵じゃ。

「…へぇ」

小さな鳥に見入り、鈴を鳴らし続けるアラシヤマを抱きしめて言った。

「ちゃんと飯ば食うんじゃぞ?ちゃんとわしのベッドで寝るんじゃぞ?どうしても寂しゅうなったら、わしのパジャマを着て寝てもえぇけぇな」

「…そない子供と違いますわ!」

どんどんと力を込めて抱きしめてくるコージを、アラシヤマは押し返した。

コージは両手でアラシヤマの頬を包み、顔を覗き込みながら言った。

「ぬしは子供より質が悪いけぇ…心配なんじゃ」

アラシヤマは上目使いでコージを睨み、思いきり頬をつねって上下左右に動かしながら言った。

「ど〜の〜口が〜、そないなこと、言いよるんや〜〜〜!?」

コージは涙目になりながらも、こうして戯れてくれるようになったアラシヤマを嬉しく思っていた。

頬をつねる手をそっと外し、両手で掴んだまま、顔を近付ける。

「この口じゃ…」

そう言って静かに口付けた。

アラシヤマの手の中にあった鍵が、チリ…ンと音を立てて床に落ちる。

その音が部屋中に響いて、消えたのを確認してから、アラシヤマはコージの背中に手を回した。

コージもアラシヤマをきつく抱き、胸の中へ収める。

――この口付けから10時間後、コージはY国へと出発した…。
 
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