赤の巻物
□夏休みA〜灼熱の乱〜
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小鳥のさえずりが聞こえる。
マーカーはいつもと同じ時間に目を覚ました。
習慣、というやつだろうか。
戦場にいる時以外は、この時間に目が覚める。
隣を見れば、弟子と同僚が同じような格好で寝ていた。
弟子の寝顔が、あまりにも気持ちよさそうで幸せそうだったので、マーカーは暫しその寝顔を眺めてから、二人を起こさぬよう、静かに外へ出た。
山独特の、ひんやりした朝の空気が心地良い。
朝日を浴び、大きく伸びをして、深呼吸する。
――確か、今日はここから少し行った所にある牧場へ寄ってから、温泉に一泊と言っていたな…。
マーカーは、ハーレムとロッドが決めたというスケジュールを思い出していた。
また何か妙なことを言い出さないといいが…。
世界最強と言われるガンマ団の特戦部隊の隊長ともあろう方が、あの幼子のこととなると、やけにむきになる。
嫉妬心と言うか、執着心と言うか…そんなものが丸出しなのだ。
確かにあの幼子は、口数が少なく、片目を覆っていることで暗い印象を受けるが、根は素直で努力家だ。
…しかし、あれは私の弟子だ。
部下の弟子、ということで可愛がって下さるのは結構だが…。
どうせ可愛がるのなら、ご自分の甥御様方を可愛がればよいのではないか…。
川のせせらぎを耳にしながら、マーカーは物思いに耽っていた。
誰も起きてくる気配はない。
――散策でもするか。
マーカーが林に向かって歩き出した時だった。
「おはようさんどす…お師匠はん…」
「……どこへ行くんだ…?」
Gがアラシヤマを抱えてテントから出てきた。
「…誰も起きて来んのでな…散策でもと思っていたところだ」
『よく眠れたか』と弟子に問えば『へぇ!』と笑顔で頷く。
「わてもさんさく行きますえ!」
「ならば歩け」
アラシヤマはGから降りて言った。
「G兄はんも一緒に行きましょ?」
見上げられ、首を傾げられれば、断る理由などなく。
3人は横に並んで歩き出す。
「お師匠はん…」
「何だ」
「…あの…手ぇ…、繋いでもえぇどすか…?」
遠慮がちに見上げてくる瞳。
なんだかんだ言って、この瞳には弱い。
「…ほら」
右手を差し出してやれば、小さな左手が握り返してくる。
「おおきに、お師匠はん!」
「…迷子になどなられたら厄介だからな」
師匠の呟きにも笑顔のまま、今度はGを見上げる。
「…G兄はん、こっちの手…繋いでくらはる?」
小さな右手が差し出される。
無言でその手を包んでやれば、小さな力で握り返してくる。
「おおきに、G兄はん!」
たったこれだけのことで、頬をほんのり赤くして、本当に嬉しそうに微笑む。
この、殺戮だけを行ってきた己の手が、たった一人の幼子に、これほどの喜びを与えている…。
この小さな手もまた、殺戮だけを行うために育てているのに…。
しかし、こうして送る愛情は本物だということを伝えるために、大人は少し強く手を握った。
3人は会話らしい会話もなかったが、林の木々の間から溢れ落ちてくる朝の光のように、新しい何かを胸の中に芽生えさせつつ、歩いて行った…。