白の巻物

□《『…好き?』》
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《コアラ編》


「わしのことが好きか、アラシヤマ?」

「…は?」

聞こえなかったわけではない。

だが、耳を疑った。

まさかそんなことを、しかも朝の忙しいこの時間帯に言い出すとは思わなかったのだ。

ましてや、この男が。

「…今、何て?」

「わしのことが好きか、アラシヤマ?」

そう繰り返して言うコージの顔は、真剣そのものだった。

「ハイハイ、好きどすえ。そやさかい早うご飯食べておくれやす」

文字通り『棒読み』で返すと、コージは少し悲しげに困ったような顔をした。

「……………」

「……………」

二人とも何となく沈黙してしまい、食器の触れ合う音だけが気まずく流れる。

…一体どうしたというのだろう。

いつもは呆れるほど豪快で明るい男なのに。

そんな心細そうな顔をして…。

食べる量も少なく…はなっていないが、楽しそうな、幸せそうな、そんな笑顔はどこにもなかった。

――悪い夢でも見はったんやろか…。

だとしたら悪いことをしてしまったかもしれない。

どんなに強い男だって、何かのきっかけで心が弱くなることがあるだろう。

…自分が、そうであるように…。

そんな時には支えてほしい…、と。

慰めてほしい…、と。

愛する人に求めるのは、人間の常ではないか。

…自分が、そうであるように…。

「あんな、コージはん…」

朝食後、静かに着替えるコージの背後から話しかける。

「わては嫌いな人と同じ部屋で寝て朝を迎えるなんてこと、絶対にせぇへん…。そやさかい…安心しておくれやす、…わては…コージはんが…」

そこまで言うと恥ずかしくなってしまったのか、コージの背中に顔を埋めた。

…わかってる。

わかってる。

言われなくても、わかってる。

充分すぎるほどわかっていても、聞きたい言葉がある。

コージは振り向きざまにアラシヤマを抱きしめ、耳元に囁いた。

「わしのことが好きか、アラシヤマ?」

アラシヤマもコージに伝えるためだけに囁いた。

「…大好きどす…」

安心したように微笑んで視線を交わす。

こんなことで安心して、幸せな気持ちになれるなんて。

二人はどちらからともなく、口付けを交わした…。

 
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