白の巻物

□《その後とその前の間》
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《コージ編》


廊下を歩いていくと、アラシヤマの病室から誰かが出てきたところだった。

――あれは、アラシヤマの…。

特戦部隊にいるというアラシヤマの師匠だとわかったが、かける言葉も見つからず、会釈して通り過ぎようとした時だった。

「…後を頼む」

「―――!?」

すれ違い様に聞こえてきた言葉。

コージが振り向くと、そこには凛とした背中が静かに去って行くのが見えた。

…あの島で。

自らの命を燃やす愛しい人を助けるために、炎の中へ飛び込んだ時。

自分より早くアラシヤマを抱えていた、彼の師匠。

炎の中で目が合うと、自分の方にアラシヤマをよこして去っていった…あの背中によく似ている。

それにしても…『後を頼む』とはどういうことなのか…。

コージは首を傾げながら、病室のドアを開けた。

大きな体を極力小さくしながら静かに中へ入る。

毎日こうして来ていることを、眠ったままの愛しい人は知っているのだろうか…。

目を閉じて横たわっていても、顔を見られればそれで良かった。

…生きているから。

生きてあの島から、帰って来れたから。

体も心も回復したら、その時は…。

「……!」

いつものようにベッドの中のアラシヤマを覗き込んだコージは、一瞬目を疑った。

閉じたアラシヤマの目から…涙が流れている。

「ア…アラシヤマ…?」

意識が戻ったのか、…悲しい夢でも見ているのか…。

美しすぎるほど透明な涙に、コージは酷く動揺した。

とりあえず何か拭くものを…と見回して、結局制服のポケットに突っ込んであったしわくちゃのハンカチで涙を拭く。

「…………」

するとアラシヤマの目がゆっくりと開いた。

「…アラシヤマ…!」

喜びのあまり名を呼ぶ。

「…コ…ジ…はん…」

胸がしめつけられるような、かすれた声。

コージは安心させるようにアラシヤマの頬を撫でて言った。

「気ぃ付いたんじゃな…今ドクターを呼ぶけぇ…」

手を離そうとすると、アラシヤマは強い瞳でコージを見つめた。

「…呼ば…ん…と、いて……ここ、に…お、て…おく…れ…や、す…」

一音一音をやっとの思いで吐き出すように言う。

コージはアラシヤマから離れてはいけない気がした。

「アラシヤマ…」

ゆっくりと頬を撫で続けると、気持ちよさそうに目を閉じていく。

それはまるで、このまま闇に沈んでしまってもいい…と。

このまま深い深い眠りの底に落ちてしまってもいい…と。

そう言いたそうな表情で…。

もしかしたら、もう二度と目を開けないかもしれないという焦燥感に包まれたコージは、その手を止めずに言った。

「アラシヤマ…こがぁな時に言うんは反則かもしれんが…わしは…ぬしが好きじゃ」

だから一人ぼっちだとは思わずに、戻ってきてほしい。

アラシヤマはゆっくりと目を開けて、コージを見つめた。

コージもその瞳を見つめ返す。

しばらくすると、目が細められた。

「…おお…き、に…」

その表情は寂しそうに微笑んでいるように見える。

「…おお、き…に…」

もう一度言うと、アラシヤマは目を閉じた。

「アラシヤマ…」

コージが見守る中、アラシヤマは静かに寝息を立て始めた。

だいぶ容体は落ち着いたようじゃのう…。

安心して微笑むコージが見たものは。

あの透明な、一筋の涙…。

…心はまだ痛むか…。

それを唇ですくって、…コージは病室を出た…。
 
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