橙の巻物

□右と左
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コージは部屋へと急いでいた。

2週間の任務を終え帰還し、報告書も提出した。

アラシヤマの部署を覗いたが、姿が見えなかったので、部屋にいるのかもしれない、と。

とにかく早く会いたい。

会って触れたい…抱きしめたい。

コージは普段より歩幅を大きく、足早に歩いていた。

――ガチャッ。

…ドアには鍵がかかっていた。

「…?」

部屋にはおらんのか…?

そう思い鍵を開け、中に入る。

部屋は隅々まで掃除が行き届いており、きちんと整頓され、…静かだった。

人の気配はしない。

無言でテーブルに近付くと、手紙が置いてあった。

『お帰りやす、コージはん。任務お疲れさんどした。わてはS国の要人警護の任務に就くことになりました。帰還予定は3週間後どす』

アラシヤマらしい、几帳面な字。

読んだコージは、ドッカリとソファーに倒れるように腰を下ろした。

昨日の日付も記してある手紙。

…1日早く帰っていれば会えたのに…。

手紙を見つめたまま、溜め息を吐く。

ちゃんと飯は食うていたのかのぅ…。

夜は泣かずに眠れていたのかのぅ…。

そんなことを考えながら、ふと気付く。

ソファーの右端に座っていることに。

いつもなら自分の左端には、アラシヤマがいて。

だから、左側を空けて座る。

缶ビールを手にしながら真ん中に座ってみる。

…落ち着かない。

やはり右端の、この位置が落ち着く。

妙に寂しい左側が気になるけれど。

一人ではいられない…という性分ではなかった。

今まで、…アラシヤマが来る前は…、一人でこの部屋で過ごしてこられたのだから。

…けれど、今は。

このソファーが、この部屋が、広すぎるように感じる。

何をするわけでもなく、ただそこにいてくれて、時折短い会話をして。

ただ自分の胸の中に収まっていてくれるだけでいい、愛しい人…。

コージは缶ビールを立て続けに数本空け、ベッドに横になった。

シーツも、枕カバーも、綺麗に洗ってある。

それでも微かに残るアラシヤマの匂いに、コージは胸が熱くなった。

…改めて、自分は。

こんなにも求めていて、…こんなにも、愛していて…。

「アラシヤマ…」

アラシヤマの枕を抱いて呟き、眠りに落ちる。

アラシヤマが帰ってくるまでは、せめて夢の中で抱きしめ合えるように。

…夢の中のコージは、気付かない。

自分の左側は、愛しい人を想い、しっかりと空けていることに…。
 
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